第25話
夜の砂漠を吹く風が、窓を叩く。砂粒がサラサラと流れ落ちる音すら聞こえるほど、室内は静まり返っていた。
エゼキエルは茫然としながら、エカから告げられた物語の顛末を三人に語る。自分の声が第三者のように聞こえ、ただの夢物語だと錯覚するほどだ。エゼキエルの意気消沈した様子に感化され、途中で口を挟む者もいない。
カスティの雇い主がエゼキエルを狙う理由は、母親の敵討ちなのだ。母親を捨てた夫の、愛情を奪った女への、生まれてきたエゼキエルへの復讐だ。それはエゼキエルの一族のみならず、生まれ育った国すら憎しみの対象となった。
母親を奪われた黒い魔物は、おそらくエゼキエルの息の根が止まるまで、狙い続けてくるのだろう。
「……私のせいだ」
一通り話し終え、エゼキエルはぽつりと呟いた。
「……私のせいで、国が滅んだ」
両手の指先に徐々に力がこもり、血の気を失っていく。
自分自身の出自がそのようなものだったとは、知らなかった。故に知ってしまった以上、知らぬ存ぜぬでは済まされない。
「私は貴女に、殺されるべきだったのかもしれない……」
カスティの息をのむ音がする。頭の中を金属で掻き回される似た、不快な音が鳴り響く。
悲劇の引き金は自分だった。のうのうと生きて、祖国を滅ぼした敵を憎み、国の再建を望んで、その国が義兄と、義兄の大切な母を奪ったとも知らずに。
忌むべきは誰なのだろうか。
目印がない、灯台もない、月も星もない海原に投げ捨てられたような気分だった。どこへ行くことが正解なのか、どこに答えを探せばいいのか、不安定な現実がひどく恐ろしかった。
押し黙ったエゼキエルに、誰も声をかけられなかった。時計が秒針を刻む音だけが室内に響く。
戦慄いた呼吸音だけが、王子の唇から溢れた。
「……それは、王子さまのせいじゃないわ」
最初に口を開いたのは、ベリカだった。
彼女は深刻な表情を崩さず床を睨んでいたが、エゼキエルに目を向けて眉間の皺を深める。
「それは、王子さまのせいじゃないでしょう? あたしとは違う」
「っだが、私が生まれたせいで、国が滅んだ」
切羽づまった声に、彼女は首を左右に振った。膝で床を擦って近寄り、椅子に座るエゼキエルの下に座ると、両手を膝に乗せて拳を作る。
「確かに、関係ない、っていうのは出来ないかもしれないけど、自分のせいだって思うのは違うと思う」
「それは」
「だって、結局は親同士の争いでしょ? そこに生まれた王子さまは、じゃあその時、何か出来たの?」
ベリカの問い掛けに、返答できず歯噛みする。
エゼキエルがこの世に生を受けたのは、エゼキエルの意思ではない。しかし事実、死を迎えた女がいる。責任を感じない訳にはいかなかった。
彼女の両手が伸びて、爪が食い込むほど握り締められた、エゼキエルの両手に触れた。暖かい体温がじわりと、錆びつく心に染み渡っていく。
「王子さま、言ってくれたでしょう? 大事なものを卑下したらいけないって。あたし、嬉しかった。……だから王子さまも、自分のことを否定しないで。自分が生まれたことを、王子さまが誰よりも喜んでいいはずだわ」
心が揺さぶられる感覚がした。目頭が熱をもち視界が揺らぐ。ふつりとした一筋の涙は堰を切って溢れ、頬を濡らしながら輪郭を伝って流れ落ちた。
胸の内で誰かが叫ぶ。同時に幼き日にある自分の声がする。
父に望まれ、母に愛され、エゼキエルは生まれてきた。その確かな時間を卑下してはいけないと、ベリカの声が脳内を反響する。
エゼキエルに物語の真相を伝えたエカも、悲観するべきではないと言っていた。
出生以前の出来事にエゼキエルは関与できない。だからこそ正しく知るべきだと。知った先を見定めるのは、残されたエゼキエルしか出来ないことなのだと。
止めどなく流れる涙を手の平で拭っても、視界は不明瞭なままぼやけて、滲んで、色を失っていく。
わかっていても、苦しかった。
わかっているからこそ、──哀しかった。
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