第17話




「さっきも言っただろ。コイツらを信用して、途中で砂漠に投げ捨てられたらどうするんだ」

「いやまぁ、それは、ごもっともかもしれませんがね。初対面ですし」


 エゼキエルに詰め寄るシェハに、ドゥアウが同意する言葉をかけつつ、肩をすくめて天幕の外を指し示す。


「そうは言ってもお連れ様。三人だけで砂漠をわたるのは、悪手かと思いますよ。俺たちよりずっと、ご理解頂けていると思いますけどね」


 指摘にシェハが言葉を詰まらせた。

 街から一歩外に出れば、灼熱の砂漠が地表を覆い尽くし、昼夜の激しい寒暖差がとなって広がっている。

 シェハとカスティはそもそも、砂漠の都で生まれ育ったと聞いた。知識や心得もあり、かつ、強い術者とロガモールの二人だけなら、たとえ砂漠で投げ出されても、生命を維持する手段があるだろう。

 少年はきっと、ただの人間であるエゼキエルを、案じてくれているのだ。


「……ありがとう、シェハ。大丈夫です。彼らを信じましょう」

「…………アンタが諦めてくれれば、こんな手間はないんだぞ」


 それだけ言って押し黙ってしまったシェハに眉を下げ、そのままカスティを見上げると、彼女は苦く笑って目を細める。


「シェハの言う通り、……と言いたいところですが、あなたが諦めないと言うのなら、仕方がありません。約束しましたからね」


 前を向いたカスティとエゼキエル、そしてシェハの表情が変わった事に、エカは満足げに頷いた。

 そして勢いよく両手を打ち鳴らすと、応接室から扉の向こうへ呼びかける。


「そうと決まれば、サプタ! そこから覗き見てないで、こちらへおいでなさい!」

「はっ、はい師匠!」


 いつの間にか扉を薄く開け、中を覗き込んでいたのは、幼い少年であった。

 先ほど相対したチャトヴァラパンダに背中を押され、彼は慌てて頭を下げて部屋に入ると、エカに寄り添う。


「この子はサプタ。私の弟子です。私と共に、砂漠の海をわたる助けとなりましょう。サプタ、先ほどの話は聞いていましたね?」

「う、うん、じゃない、はい」


 少年は若干顔を青くしながら頷くと、胸に片手を当てて深く頭を下げた。


「は、初めまして、王子様。サプタと申します。こ、航海の舵取りはお任せください」


 緊張しつつも、えへへ、と子供らしく笑った彼は、己の胸を軽く叩く。

 エカの発案曰く、商工キャラバンに掛け合ってラクダと荷車を手配し、砂漠をわたる他商人たちと共に行動するのが、一番安全な方法だという。

 魔法師団からは座長のエカと、次いで力のあるサプタが同行すると言うことで、ひとまずの話はまとまった。

 一旦宿屋へ戻るため、サーカステントの外に出た三人へ、エカは軽く頭を下げる。


「王子様。一つ言っておかねばなりませんが、我々は所詮、旅する一座でございます。そして一座の御法度として、他者を魔法で攻撃できません」

「はい」

「ですので道中、野盗に襲われるような事があっても、状況によっては救助できかねる可能性があることを、お留め置きください」

「それは……! もちろんです、エカさん。砂漠をわたる手段を確保して頂くだけでも、大変有り難いのですから」

「それから」


 エカは長身を屈めてエゼキエルの片手を取ると、主君へ忠義を誓う騎士のように、己の胸元へ手の甲を押し当てた。

 そして歌うように囁く。


「私たちは貴方の船。貴方の碇。全ては貴方がたの導きによって帆を張り進み、海をわたる風となることを、どうかお忘れなきよう。ケシェトの第二王子様」

「──ッ!?」


 掴み掛かったエゼキエルを、ソレは軽い動作で躱し、身を翻す。


「なぜそれを……!」


 血の気が引いた顔で叫べば、エカは軽快に指を鳴らした。そうすればたちまちドゥアウとセプタを残し、背後にあったサーカステントがリボンのように解け始める。

 エカのローブが大きくひるがえり、あっという間もなくテントであったリボンが吸い込まれると、男は芝居がかった仕草で両腕を掲げた。


「悩むのは良き事です! 特に貴方のような、のなら。では、私たちは準備に取り掛かりますので、少々お時間をいただきます」


 ソレは軽く片手を振ると、一座の二人を連れて踵を返し、歩いて行く。

 エゼキエルは唖然としたまま立ち尽くし、背中が見えなくなるまで凝視していた。


「……大丈夫ですか、王子」


 微かな衣擦れの音と共に、カスティの声が聞こえて隣を見上げる。消えていった一座を睨んでいた彼女は、眉を下げてエゼキエルを見ろした。


「……、……大丈夫だ。……今は彼らを、好意的に受け止めよう」


 自然と力の入っていた両の拳を開きながら、エゼキエルは長く息を吐き出して、肩の強張りをほぐす。

 なぜ彼が、城内でも限られた人間しか知らないことを、知っていたのかは分からない。それでも今、魔法師団の存在が渡りに船であることは事実だ。ここで安全に砂漠をわたる機会を逃すのは惜しい。様々な懸念を考慮しても出来なかった。

 風に乗って砂が頬に触れ、エゼキエルは振り返る。

 晴天の日差しの中を運ばれてきた黄金の砂が、邪気もなく静かに輝いていた。







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