第16話
カチャリと、足の低いテーブルに置かれたティーカップが微かな音を立てた。エゼキエルは目を白黒させながら動作を見つめ、驚きに声が出ないまま、そっと視線を上向かせる。
ガラスに猫と鳥があしらわれた、ガラス製の品の良いテーブルを挟み、向こう側に優雅な仕草で座るソレは、僅かに首を傾けて己の胸を撫でた。
「はっはっは! 純粋に驚いて頂き何よりです」
アリクイの被り物に、装飾が施されたローブの下は、不釣り合いなほど上質な燕尾服を身に纏う。ソレは自らをエカと名乗った。
身長はカスティより頭二つ分は高く、その声は朗々と歌うかの如く空気を震わせる。
エゼキエルは旅の途中、様々な存在に出会ってきた。人間から、精霊、創造主を筆頭とした神々、ロガモール、獣人など、実に多岐にわたっている。
しかし目の前にいるソレは、群を抜いて奇妙なものだった。
人間と獣人、そして縫製国で生まれる、
千差万別いる魔法使いの中でも、どの種にも属さない摩訶不思議な魔法を駆使し、姿形を自在に変えるその男は、普段は建造物に
「貴方のような魔法使いは、初めてお会いしました」
「私は子供たちの笑顔が好きな魔法使いなのですよ、王子様。文字通り、タネも仕掛けもございません」
朗らかに笑った、のだろうか。
目や口がない為、どのような表情なのか判断しづらかった。
魔法師団に迎え入れられ天幕の中に入ると、そこは想像もつかないほど広い空間になっていた。
応接室に通された三人は、茶菓子のもてなしを受け、エカの隣に座る仮面の男が頭を下げる。
「先ほどはうちのモノが失礼しました……。俺は副座長を預かっております、ドゥアウと申します。お連れ様のお怪我は……」
「問題ありません。わたしはあの程度では、痛みを感じませんので」
控えめにカスティへ視線を向けた副座長へ、彼女は口元に薄らと笑みを浮かべて顔を左右に振った。思わぬ反応だったのか、ドゥアウは口元を引き攣らせて笑い、次いでひっそり息を吐き出した。
一度エカと顔を合わせ、改めてエゼキエルと対峙する。
「お時間をありがとうございます。私はケシェトの都より参りました。エゼキエルと申します。こちらは旅の仲間で、カスティと、シェハです」
ソファーの後ろに立ちつつ紹介を受けたカスティが、深く頭を下げた。シェハは腕を組んで鼻を鳴らし、
相変わらずの態度の悪さを
「ええ、存じ上げております。古き良き国の王子様。お待ちしておりました。貴方の旅の目的、我々に会いに来た理由、聞きたい事、交渉事。創造主より力を貸すよう、申しつかっております」
意気揚々と話すエカの台詞に、エゼキエルは目を丸くする。では先ほどの対応は、とドゥアウを見れば、彼は合点がいった様子で頬を掻いた。
「申し訳ありません。この話は、俺と座長しか聞いてなくてですね……。うちの奴ら全員に言うと、……その、盛大に出迎えてしまいまして……悪い意味も含めて……」
「私はむしろ盛大に出迎えたいくらいです。今すぐにでも!」
「あんたは黙っててください」
双眸が見えれば、おそらく爛々と輝いているであろう弾んだ声を切り捨て、ドゥアウは咳払いする。
「願いが叶う泉を探していると、聞きました」
「……はい」
「俺たちは旅する一座です。色々、噂も耳にします。その中で確かに、そういった類の話も聞きました」
「っ本当ですか!?」
思わず身を乗り出したエゼキエルに、両手を胸の高さに掲げて背中を反った副座長は、どうどうと青年を押し留めた。
「まずは最後まで聞いてください、王子様。確かに噂話は聞きましたが、少し厄介な内容、というか」
「厄介?」
「あくまでも噂ですよ。その泉は一千年に一度現れ、願いを叶えると聞きました。ですが前にいつ現れたのか、次にどこへ現れるのか、皆目見当もつきません」
「…………一千年に、一度……」
エゼキエルは呆然として呟き、力無くソファーにへたりこむ。
色白な顔がさらに青白くなり、ドゥアウは気の毒そうに肩を落とし、座長に顔を向けた。
ソレは思案するように一拍置いて、両手の指先を胸の前で合わせる。
「我々は貴方の力になるよう、命令を受けております。貴方が進むというのなら船となり、戻ると言うのなら汽車になりましょう。王子様、貴方の御心一つで、世界は色を変えるのです」
エゼキエルは言葉に詰まり、沈黙を返した。
根も葉もない噂だが、今まで聞いたどんな情報よりも、ある意味で具体的であった。
足元へ落ちかけた視線を上げ、エカを見据える。
「私はそれでも、諦めることはできません。……この砂漠を越えるために、どうかお力添えを頂けませんでしょうか」
噂が本当だとして、次の一千年後は明日かもしれない。今のエゼキエルにとって重要なのは、輝く希望を失わないことであった。
「はっはっは、それでこそでしょう。お任せください、王子様。まず商工キャラバンと交渉しましょう。なるべく安全を考慮しますので、少々時間を……」
「おい待て、本当に信用できるのか?」
嬉々と頷くエカが続けようとすれば、それまで黙って聞いていたシェハが、割り込んできた。
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