第36話 お試し


 休憩所は、いくつかの木製ベンチと、その幅に合わせて作られた長方形のテーブルが規則的に並んでおり、十数人程度なら充分広々と使えるような造りになっていた。

 また、完全に横になれそうな、簡易ベッドも四つほど奥の方に見える。


 壁には武器をかけておくようなスペースや、綺麗なタオルが積まれている小棚、何かカラフルな液体の入った瓶の並ぶガラス棚など、恐らく冒険者が訓練をするに当たって必要となるアイテムが並んでいた。


 待っている間に、謎の液体について聞くと、あれがポーションらしい。

 青色系統が体力、赤色系統が魔力、黄色系統がその両方を回復する効果を持ち、青・赤・黄の順で高額になっていくそうだ。

 また、色が濃くなるほど良質なポーションの証となり、その効果は増していくとのこと。


 また、ここで使用したポーションについては、出口にて精算するらしい。

 どうやって管理しているのか尋ねると、どうやらギルド会員証を、必要なアイテムの前のガラスにかざすことで、そのガラス戸が開く仕組みになっており、会員証に履歴りれきが残る仕組みになっているらしい。


 ただの板切れと思っていたが、これもれっきとした魔法のアイテムのようだ。


 さらに、休憩所の反対側の部屋には、無料で使用可能な水浴び場も設けられているようで、まさに至れり尽くせりである。

 とまぁこのように、休憩所には充分過ぎるほどの機能が備わっているようだ。


 ギルドについて、さらに話を聞いてみると、二階フロアは簡易的な住居がいくつか用意されているらしく、ギルドで働く人達でまだ自立が難しい人たちが住む事ができるようになっているようだ。

 所謂いわゆる住み込みというやつである。


 ギルドについて新たな知見を得ていると、休憩所の入り口の扉が開かれ、デグが姿を現す。

 しかし、先程までのカジュアルな服装ではなく、金属の鎧を身に着けた戦士の姿であった。


「よぉ。準備が出来たから呼びに来たぜ」


「ありがとうございます。そういえば、格好はこのままで……?」


「いや、武具庫があるからそこで革鎧や篭手を付けてもらう。まぁ怪我防止の為だな」


「てっきり同じような鎧を着るのかと思って少し気負ってしまいました」


「はは、初心者がいきなり金属鎧なんぞ付けたら身動きが取れなくなっちまうからな。最初は誰しも軽鎧から訓練さ」


 デグは景気良く腰に手を当てながら笑った。


「んじゃま、早速行くとしようぜ」


 デグに連れられて、ルリアと共に武具庫へと向かう。


 途中、ルリアに対してデグが、お前はついてこなくていいぞ、と言うと、別にいいでしょと頬を膨らませ威嚇していたが、まるで肉食獣に威嚇をするハムスターのようである。

 頭の中でイメージを膨らませてしまい、つい吹き出しそうになるのを我慢する。


 武具庫にたどり着くと、様々な種類の武器や防具がずらりと並んでおり、奥の方には書物も並んでいる。

 書物は魔法関連のものだろうか。もしくは戦術書のようなものかもしれない。


 思わず目を輝かせて辺りを見渡していると、デグから、浮かれて怪我すんなよと冗談めいた声色でたしなめられる。

 横でルリアもニマニマしてこちらを見ている。


 デグはともかく、ルリアには後でデコピンでも食らわす事にしよう。


「で、何を試してみたいんだ。大体の種類は揃ってっから、何でもいいぞ。剣か、斧か、それとも弓矢か?」


「今日のところは、可能なら、一通り試してみたいんですが、大丈夫でしょうか」


「あぁ構わないぜ。実際やってみねぇと適正なんざ分かったもんじゃねぇからな」


 そう言うとデグは、キャスターが付いた大きな木箱に、刃のついていない木製の剣や斧、棒など様々な武器を次々に入れていく。


 何冊か本も入れていたので、魔法も試せるのかもしれない。


 あらかたの武器を木箱に入れ終わると、デグが先導し、訓練所への扉を開けた。


 訓練所は、広さでいえばテニスのハーフコート程度の広さで、的のようなものや、かかしが並んでいた。


「んじゃ、まずは基本動作でもある素振りから試してみっか」


「はい、よろしくお願いします」

「はーい」


 後方から緊張感の無い返事が聞こえてきた。


「……おい、お前もやるのか?」


 デグがルリアを細い目で見ながら低い声で話す。


「えーいいでしょ。邪魔はしないからさぁ」


「怪我してもしらねぇからな」


 一つ大きな溜息を漏らしてから、デグはこちらに向き直った。


「それじゃぁまず、剣を両手でしっかりと握って、まっすぐ振ってみろ。こんな感じにな」


 そういってデグは、手本を見せてくれる。


 片足をやや引いた姿勢から、剣を顔のあたりまで振り上げでそのまま真っすぐとブレなく振り下ろす。

 ブンという空間を切り裂く音が聞こえる。

 きっと刃が無くとも、これが当たったら俺なんかはひとたまりもないだろう。


 同じようにやってみようとするが、まず持ち上げた時点で腕が震えて軸もブレてしまう。

 まっすぐ振り下ろそうとしても、剣に振り回されるように前のめりになってしまう。


「ハッハッハ、まぁ最初はこんなもんだな。何回からやってりゃ段々慣れてくるさ」


 何回か試してみるが、なかなかうまく行かないどころか、次第に腕が疲れから上がらなくなってきてしまう。

 武器の扱い以前に、筋肉を鍛えるところからはじめないといけないのかもしれない。

 もしくは、これがスキルが無い状態という事なのだろうか。


 その後も、様々な武器を試させてもらったが、斧はそもそもまともに持ち上げる事が出来ずに断念。


 弓は弦を引くのに精一杯で、矢を放っても、ヘロヘロと近くに落ちていくだけ。

 棒術は、両端をバシバシと自分の体に当ててしまう始末。


 近接戦闘は、武器を扱うよりはマシな動きが出来るかと思っていたが、試し打ちとしてデグのお腹を一発叩かせてもらった際、デグの腹筋のあまりの固さに、むしろこちらの拳にダメージが入り、しばらく悶絶していた。

 足技も、そもそも足があまり上がらなかった。


 最終的に、まともに扱えそうだと感じた武器は、短剣と、のみであった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る