第19話 朝市


 喚いているルリアを無視して、朝早くから市場へと向かう。


 市場につくと、以前来た時とはまた違った活気があった。

 日本でいうところの『競り』が開かれていたり、訪れている人や、そもそも開いているお店も『飲食系』の人が多いといった印象だ。


 もしかすると来る時間帯を間違えたかもしれない。

 そう思っていた矢先、不意に後ろから声をかけられる。


「おや、クライじゃないか。朝から市場で何か買い込みかい?」


 振り返ると、エイルさんが立っていた。両手に持ったカゴいっぱいの食材が入ってい

る。


「おはようございます。いえ、実は市場に服を買いに来たんですがね……、もしかすると、来る時間を間違えたかもしれないと思っていたところです」


「確かにねぇ、朝はこんな感じで食品がメインになってるから、そう思うのも無理ないさ。ただ、服を売ってる所もあるはずだよ。紹介したげるからついてきなよ」


「いいんですか。これから店に戻る所だったんじゃ……」


「気にしなくていいよ、まったく謙虚だねぇ。あ、じゃあこういうことにしないかい?アタシはこれ以上荷物が持てないけれど、もう少し買いたいものもあったんだ。帰りにその荷物持ちをしてくれないかい?」


「そういうことなら、喜んで」


 案内賃代わりの荷物持ちを約束し、エイルさんに連れられていくつかの服屋を紹介してもらった。


 色々なタイプの店があったが、無地のあまり目立たないシンプルな服を

 売っていた店で、替えの服を買う事にした。


 料金が手頃だったのも大きい。

 2セット買って20ペリンで事足りた。

 まだまだお財布の中が寂しい自分にとってはありがたい。


 自身の買い物を済ませたので、エイルさんの買い出しに付き合う。


 思っていたよりも追加の購入が多く、持ちきれるか不安であったが、案外いけるもので、問題なくキリーカ食堂まで運ぶ事が出来た。


「結構力あるじゃないかい。助かったよ。いつもはこんなに買い込めないからね。何回かに分けて買ったりするんだけど。これ、お駄賃としてとっときな。」


 そういって俺に銅貨を数枚渡そうとしてくる。


「いや、そんなつもりでした訳じゃ……それに、案内してもらった分で貸し借り無しですよ」


「そうかい?それじゃあ、代わりにご飯でも食べてくかい?今なら少し割り引いとくよ」


 断ろうとも思ったが、人の善意を断りづづけてもあまり良くないかと感じ、この提案を受けることにした。


「では、お言葉に甘えて、いただいていきます」


「そうそう、若いもんはそうやって素直に甘えてればいいのさ」


「そんなに若くは無いと思うんですけどね」


「そうかい?20代前半くらいかと思ってたけど、違うのかい」


 顔つきや体つきが変わったことで、どうやら見た目はそのくらい若く見えるらしい。

 思ったよりも、この体は若いようだ。


 回答に少し困ったが、


「実は、記憶喪失になってしまったみたいでして……。自分の名前くらいしか覚えていないんですよね。それで今、ギルドの人のところに居候させてもらってるんです」


「そうだったのかい。悪いね、変な事聞いちゃって」


「いえ、これからも仕事でお世話になるでしょうし、いつかは話していたと思うので」


「そうかい?それならいいんだけどね。というか、仕事、また受けてくれるんだね」


「はい。この後ギルドによって、正式に受けてきますね」


「ありがとう、助かるよ」


「こちらも助かってます」


 そういって互いに笑い合う。


 ここはいい職場だと思う。エイルさんは優しいし、お客さんが満足そうにしてくれるのはなんだか心地よかった。


「さ、たんと食べておくれ」


 それに、ここの食事は本当に美味しい。

それだけでも充分だった。





 エイルさんは食事を作り終えると、店の裏に何か作業しに厨房を出ていった。一人で食事を静かに味わっていると、不意に奥の扉から音が聞こえた。


 音の方に目をやると、あのいつも店の前を掃除していた少女が顔を覗かせている。


「っ……」


 少女は俺を見るなり、小さな悲鳴を上げてそのまま顔を隠してしまった。


 そして見間違いでなければ、その少女の頭には、小さな二本の角が生えていたように見えた。


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