第20話 目隠れ少女の秘密
角といっても短く、色も髪色と混ざるような茶色っぽい色をしていたので、目立つようなものではない。
例えるならば、デフォルメされたお面の鬼の角くらいの、せいぜい親指程度の短く小さなものだ。
しかしながら、つい最近教わったばかりの知識と合致してしまう。
もしそれが正しいとするならば、彼女が俺を、というよりも人を避けていたのは、彼女が魔族に類する種族であるからだろう。
魔族とは、死霊族同様に一般社会とは敵対する存在として聞かされている。
このあたりは、俺が知る一般的なファンタジー知識と同様なのだろう。
そして万が一、人里で魔族が見つかった場合、即座に討伐及び捕獲がなされるとも……。
どうりで今まで逃げられいた訳だと納得する。
しかし、ルリアが持ってきていた分厚い本に描かれていた魔族というものは、人型であっても、もっと禍々しく、角ももっと大きく立派だったと記憶しているが……。
本に描かられていた禍々しいイラストが、鮮明に脳裏に描かれる。
思考を回転させていると、バックルームからエリスさんの声が聞こえてくる。
「どうしたんだい?……って……あぁ、そういうことかい」
恐らく、逃げた彼女と鉢合わせたのだろう。事情を把握しているようだ。
しばらくすると、エリスさんが調理場に戻ってくる。エリスさんに隠れるように、頭をバンダナで隠た彼女が付いてきている。前髪で隠れた目から、俺に対する恐れを感じる。
「なんていうか、見ちまったよね」
「……そうですね」
少し迷ったが、ここで誤魔化すのは悪手と感じ、素直に答える事にした。しかしながら、もしかすると『お前は見てはいけないものをみてしまったようだな消えてもらう』的な展開になるのではないかと、少々身構えてしまい、体に力が入る。
「あー……そうかい。いつもは、表に出てくる時は必ず被り物をしとくよう言ってたんだけどね」
エリスさんは、優しく彼女の頭を撫でる。彼女は俯いたままだ。
「あんたが来てるのを伝えてなかったあたしも悪いんだけどね……」
空いた手で、ガリガリと頭を掻きながらため息混じりに呟く。
「この子も営業時間外で油断してたみたいだ。……さて」
彼女を撫でていた手を離し、真剣な眼差しでこちらを見てくる。やはり、消えてもらおう展開なのだろうか……。ごくりと思わず喉が鳴る。
異世界転生三日目にして、再び人生終了は流石に回避したい。
それに、正直この少女が魔族だからといって、今の俺がどうこうするつもりもなかった。
俺は、エリスさんが言葉を発する前に、今思っていることを伝えることにした。
「今日見たことは、誰にも言うつもりはありませんし、なんとも思っていません」
「え、いや、なんともって……。そりゃありがたい話だが、にわかに信じがたいね」
どうやら俺の返答に面を食らったらしい。俺はそのままの勢いで続ける。
「きっと何か理由があるんですよね。それに、何か害をなすような子には、今のところ見えません」
「そうだね。その通りだよ。この子は静かに暮らしたいだけなんだ」
「なら、俺からはもう何も言う事はありません。もし、俺のことが信用出来ないというのなら、俺の秘密を一つ、その子に伝えてもいいです」
言葉だけでは信用してもらえるか分からない。
エリスさんには良くしてもらって入るが、まだ会って一日程度なのだ。
信頼関係というものが構築しきれているとは考えにくい。
俺は、自身の持つ最大の秘密を天秤にかけて、彼女らの信用を得る事にした。
それに、そもそも魔族に対しての印象も、俺にとっては本の中のお話に過ぎず、固定観念もまだ構築されていなかったのも、柔軟に対応出来た理由かもしれない。
「秘密って……、この事に匹敵するくらいのってことかい?」
「そうですね。同じ類のものではないですが、かなり大きな秘密ですし、広く知られれば俺は自由を失うかもしれませんし、周りから異端の目で見られるでしょうね」
「……」
エリスさんは少し俯いて何かを考えているようだ。
俺の言葉を信用するべきか、思案しているのかもしれない。
しばらく沈黙が続いた後に、エリスさんがようやく重い口を開ける。
「キリーカ。あんたが決めな」
「……え、……わた、し……?」
突然の事に驚いたのか、ずっと俯いていた彼女が驚いた顔……といっても口元くらいしか見えていないが、そんな様子でエリスを見上げ声をあげる。
「そうだ。こいつの事を少しでも信用するのなら、こいつの秘密とやらをあんたが聞くんだよ。自分の事だ。あたしが決めてやってもいいが、今回はあんたが決めるんだよ」
「え、でも……」
「あたしは、まだ会って間もないけれど、この子の事は……まぁちぃっとは信用してもいいとは思ってる。でも、それはあたしの考えだ。いつまでもあたしが全部決めてあげる訳にはいかないんだよ。だから、これはキリーカ、あんたの為でもあるんだよ」
◆◇◆◇
エリスは、レイジが信用出来る人になってくれるのであれば、キリーカを守る事が出来る人が、つまり味方が増えるのであれば、それはそれで良い事だと考えていた。
だが、これは保護者の考えとはいえ、本人の意志は汲んでいない。
この決断は、キリーカの成長のためにも、彼女自身に決めてほしいと思ったのだ。
すがるような目をしてくるキリーカを見て、心が痛むが、ここは甘やかしてはいけないと感じた。思わず、反対側の拳をギュッと強く握りしめてしまう。
◆◇◆◇
「う……、わ、わたし、は……」
俯き、体と声を震わせながら、一生懸命に言葉を発しようとするのが伝わってくる。
俺は、椅子から立ち上がり、彼女の目線に合わせるように屈み込み、できる限りの優しい表情を浮かべて、彼女の言葉をゆっくりと待った。
壁掛け時計の、カチカチという音が、空間に響いていた。
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