第43話 大津波


 開戦は予定通りだった。

 複数の戦艦が線対称な隊列を組み、そこから複数の魚雷が撃ち込まれる。


 戦闘機は使えなかった。

 羽毛を持つモンスターが大量に上空に展開しているため、そこからバードストライクに近い現象が多発したという過去の失敗を考えての事だ。


 魚雷によって海中のモンスターを攻撃し、陸空の敵には母艦の上から魔法系の探索者が数々の魔法を放つ。


 煌びやかな閃光が爆撃へと姿を変えて、数多の種族の連合軍へ大打撃を与える。

 これもスタンピード用に開発された戦術の一つだ。


 その戦術は確かにスタンピードに対して大打撃を与えるが、その程度で全滅する程相手も容易くはない。


 モンスターに通用する兵器は、大砲からだ。

 既存の銃、機関銃の類もCランク以下のモンスターになら通用する場合もあるが、それよりも強い敵は大抵の場合は鱗や皮で銃撃を無効化してしまう。


 モンスターの外殻には、基本的に魔力が宿っていて防御能力を向上させている。

 銃じゃそれを貫通できない。だからこそ、各国は早々に銃での戦術を終了させ、探索者の育成に力を注いでいるのだ。


 第一射、魔法と魚雷による攻撃が終了すれば、そこから先は近接戦闘系の探索者の出番となる。


 この探索者はアジア太平洋の加盟国に属する探索者で、練度は高い筈だ。

 しかし、事態が急すぎた事もあってか、そこまで大規模な戦術は取れなかったし休養を取って捕まらなかった上位探索者も何名もいる。


 そんな万全とは言い難い状態での、スタンピード鎮圧作戦の実行はこのスタンピードの不明瞭さが情報と合わせて探索者たちに怖れを抱かせる。


 しかし、そんな中でやはり中心となって矢面に立つ人物たちが居る。

 各国の、Aランク探索者たちだ。


『どうせ言葉は通じねぇだろうから、作戦はたった一言だ!』


 大柄の黒人男性が、そう声を上げる。


『Go for it(頑張りやがれ)!!』


 そう言うと、大柄な男は船の上から海上へ飛び下り、海上へ立った。

 そこから大斧を振り下ろし、海を割るような力が前方へ放出される。


 そこから、快進撃が始まる。


 各戦艦には、最低でも一人のAランク探索者が乗っている。

 彼らが先陣を切り、そして圧倒的な力を見せつけ敵を屠っていく。


 その光景は、他の探索者に勇気を与える。

 何より行動で彼らは示したのだ。


 ――俺が居る限り俺たちは負けない。


 と。



 日本刀を持った日本人探索者が、船の上から上空を飛翔するモンスターを斬り落として行く。

 斬撃は空を舞い、魔力の爆撃が至る所で発生する。


 Aランク探索者の戦力は、言わずもがな圧倒的だった。


「これは……」


「押してます……ね……」


 その光景を見た俺はポカンと口を開けていた。


 ダークエルフを越えるモンスターが出てきているのかもと思ってゼニクルスを使って転移して来たのに、戦況は完全に人類に有利に動いている。


 至る所でモンスターが死骸へと姿を変えていき、探索者が傷を負っても大量の回復職ヒーラーがその傷を瞬時に治していく。

 探索者の総力戦は、何よりもAランク探索者という特大の戦力が参加している事によって、安全かつ順調に進んでいた。


「考えすぎだったみたいですね私たち。実はダークエルフとは関係なかったんじゃないですか?」


 そうなのだろうか。


 確かに『空立』を使い、空から戦況を見てみるが確かにダークエルフ程の魔力を持つモンスターは鑑定えない。


 けれど、いやな予感が全く消える気がしない。


「もう少し進んで、ダンジョン自体を見に行こう」


「……そうですね」


 ここは、最前線というだけでダンジョン自体が見える場所ではない。

 俺の『鑑定』の使用条件は視認する事だ。ダンジョン自体を見れば、そこから溢れる魔力量でダンジョン自体のランクを測定する事ができるかもしれない。


「あの、この体勢なんですけど……」


 リオンさんは俺と違って空を飛んだりはできない。

 だから、俺が抱えている状態だ。


「ごめん、けどもう少し我慢して。ゼニクルス」


「ここまでの移動で魔力を使い過ぎてへとへとですよ旦那」


 そう言って、ゼニクルスは手で金のマークを作る。


「分かった。全力投資だ」


「まいど! 主、それでは行きます」


 性格が変わるのは何なんだと言いたいが、今はそんな事を言っている余裕もないか。


 転移して一気に空を覆うモンスターたちを越え、ダンジョンの上空まで転移する。


 そこは巨大な渦になっていた。

 海のど真ん中に空いた真っ黒な渦は、その先が深海まで続いている様に水が浸入しない様に渦巻いている。

 どうやら入り口はこの渦らしい。


「入るんですか?」


「いや、流石にそれはしない」


「ですよね」


 ほっとしたようにリオンさんは胸をなでおろす。


 俺はそれを後目に鑑定を発動させた。


 転移した瞬間に気が付いていた。

 この渦からあふれ出る圧倒的な魔力量。

 ダークエルフのそれすら越えている。


 しかし何故だ。

 それなら何故スタンピードの規模がこんなに小規模なんだ?


 これじゃあ普通のAランクダンジョンと大差ない。


 そう考えていた矢先だった。


 真っ黒な渦から、人型のモンスターが一体現れでてきた。


「あれは……」


 リオンさんも本能的に理解したのだろう。

 あいつはダークエルフと同等かそれ以上の戦力魔力を溢れさせる何かだ。

 そして、俺の鑑定が一切貫通しない完全な神気を全身に纏っている。


大魔津波アクア・スペリオル・ウェーブ


 手を翳し、そいつが魔法を唱えた瞬間、超巨大な津波が艦隊へ向けて発生した。


 それを唱え終わるとそいつはダンジョンへ戻って行く。ダークエルフが迷宮主の部屋に戻った時のように。


「あの津波の向かう先って……」


「あぁ、日本列島だ」


 不味い。


 これじゃあ本当に未曾有の大災害だ。

 如何にAランク探索者でもこの津波を止めるのは不可能だ。


「ゼニクルス、全力で転移して津波に先回りしろ!」


「御意!」


 俺たちが現れたのは津波の前。

 巨大な津波には既に探索者たちも気が付いている。そして絶望しきっている。

 Aランク探索者たちの顔も優れない。やはりこれを止める手立てを持つ人間は居ないようだ。


「ゼニクルス、リオンさんを頼む」


「はっ!」


「秀君! 何をするつもりですか!」


「悪いけど話してる余裕はない」


 あれは、魔力で作った津波か、それとも海を魔法で操って津波にしたのか。

 答えは俺の目が教えてくれる。後者だ。


 だったら、リオンさんを投擲から守った時と同じ。


「収納!」


 収納の発動条件は接触。

 そして、発動上限はこの津波全てを飲み込めるほど広くない。


 だったら、上に上がった水はいい。

 下の支えている水を消して、津波を無力化する。


 俺は津波の横に向けて走る。

 津波の進行速度に合わせて少しだけ前斜めへ移動しながら、右端から左端へ突き進む。


「収納! 収納! 収納! 収納!」


 収納した傍から吐き出してを繰り返す。


「ッチ、間に合わない。だったら魔眼!」


 収納で近くの水を、魔眼で遠くの水を吸い込み威力を少しづつ殺していく。


「魔壁!」


「次元斬!」


「降霊武装! はぁ!」


 俺のやろうとしている事に気が付いたのか、ゼニクルスとリオンさんも津波を少しづつ消すのに混ざる。

 しかし、津波の規模がデカすぎて、それでも間に合わない。


『お前ら! こっちも行くぞ!』


 そう言ったのは、何処の国の人かも知らない探索者の一人。

 多分Aランク探索者の人だ。


 その人も、ゼニクルスやリオンさんのそれを真似て津波に攻撃を当てて相殺していく。


 そこに、数千人の探索者の力が混ざっていく。


 しかし、時間が圧倒的に足りなかった。

 津波の進行速度は思ったよりもずっと速く、消しきれなかった津波が戦艦に到着してしまう。


 更に、最初よりは大分弱くなった威力の津波が戦艦を飲み込んでそのまま進んでいってしまう。


「ゼニクルス、転移を!」


「僭越ながら、既に主には魔力が残って居りません。収納、魔眼、魔壁、使い過ぎでございます。この状態で転移しても恐らく意味は無いでしょう。私やリオン様に関しても同様です」


「クソッ!」


 ゼニクルスの言葉は事実だった。

 俺たちにはもう魔力が残っていない。

 そもそもダークエルフ戦からまだ数時間しか立って居ないんだ。

 魔力が回復している方が可笑しな話である。




 その日、東アジアの海に面する国々は津波の影響により少なくない被害を受ける事になった。

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