第42話 スタンピード


 出来る限り早急にダンジョンから出て来た俺は、詳しい話を転移でやって来た人達から聞く事になった。

 リオンさんや他の皆は傷の治療や休養が必要なためまだダンジョン内の拠点に居るが、俺は特に傷を負う事も無かったから外へ出る事ができたのだ。


 他にも千剣の盃の千宮司と、オルトロスの主の海妻さんと一緒に外に出て来た。

 ダークエルフが居なくなった以上そこまで脅威は無いからな。それに二人もこの事態の情報を早く聞きたいという事らしい。


 天空島から、更に転移でギルドまで移動し、俺たちはニュースを付ける。


 どうやら、ダークエルフを倒したタイミングで大規模な地震が世界全土で起こっていたらしい。

 確かにダンジョン内も揺れたが、空に浮いているしそもそもダンジョンは異空間なので外も揺れているとは思っていなかった。

 しかし、そうなると空間的に切り離されているダンジョン内もダンジョン外で地震が発生した時刻と同じタイミングで揺れているという事だ。


 ここに因果関係を全く持たないというのも無理筋な気がする。


『今日の15時22分、世界中で地震が発生しました。その理由は現在調査中ですが全く同時期に発生した超大型ダンジョンとの関係が叫ばれています。更に、太平洋中心部に出現したそのダンジョンでは、既にスタンピードと呼ばれるモンスターの暴走現象が発生しており、現在アジア太平洋地域の加盟国の探索者たちが複数の軍用艦と共に討伐に向かっている模様です』


 そう言って画面は上空から撮影されている軍用艦の映像に切り替わる。

 その目指す先には確かにモンスターの軍勢が写っている。


 空を覆う飛行系のモンスター。

 海を埋め尽くす水性モンスター。

 更に、各孤島には所せましと陸のモンスターが集まっている。


「これは……止めれるのか?」


 千宮司がそう呟いた。


 映像だけじゃ実数値は分からない。

 けれど、このスタンピードの規模はBランク以上のダンジョンのそれと同等以上だ。


「参加している探索者は日本だけじゃない。他国の探索者も多く参加している。止められない訳がない」


 海妻さんはそう答える。

 しかし、俺たちの頭の中には今しがたギリギリの戦いを演じたダークエルフの記憶がある。

 もし、そのクラスの敵が出て来ていたら……


 そう考えると、現在の探索者の練度ではどうしようもなくなる。

 核兵器なんて使う事態にならなければいいが……


 少なくとも、今俺たちには手も足も出ない。

 そもそも、主力であるAランク探索者三人は負傷している。

 ゼニクルスの再召喚にもまだ時間が掛かる。


 満足に戦えるのは千宮司だけだが、『剣聖』というクラスを持つ彼が一人海上戦に加わったところで戦況がそこまで変化する事は無いだろう。


「あの、俺たちのせいなんでしょうか?」


「あ?」


「どうしたんだい天空さん……?」


「だって俺たちがダークエルフを倒した瞬間にダンジョンが現れて、スタンピードが起こったんです」


 俺の言葉に二人は考え込んだ。

 否定も肯定も今の段階では難しいという事なのだろう。そして、それは俺の言った可能性が当たっている可能性が少なからずあると思っていると言うことだ。


 嫌でも、あいつの言葉が思い起こされる。


『何もせず、僕等に殺され続けて居れば何の不幸もなく、今までのような平和が約束されていたというのに……』


 殺される側で居れば平和が約束されていた。

 それはつまり、俺たちが殺す側に回ってしまうと、『ダークエルフを倒してしまう』と、このダンジョンが出現してスタンピードが起こるって意味なのか?


 人類は何も分かっていないとあいつは言っていた。

 きっと、あいつの言っていた事は嘘という訳では無いのだろう。


 一人、オルトロスの主のメンバーの男が入って来て海妻さんに何か報告を入れた。


「今、報告が入った。ダークエルフがいた迷宮主の部屋の奥で、『翻訳』の効果がついたレンズの様な魔道具が発見されたそうだ」


 海妻さんが俺たちへ向けてそう言った。


 そうか、そういう事か……


 順番がめちゃくちゃだったんだ。


 あのレシピは最後に解読される品だった。


 Aランクダンジョンを全て攻略し、そして最後にダークエルフがいるAAランクとでも言うべきあのダンジョンを攻略する。

 そして、その攻略報酬である翻訳の魔道具によってレシピを解読しエリクサーを製造する。


 そういう筋書きを誰かが用意していたんだ。

 ゲームみたいに弱い順に誰かがモンスターを並べていて、順序だてて探索者が力を付けられるように用意していた。


 けど、俺の『鑑定』がその全てをぶち壊した。


 もっと緩やかだった筈のダンジョン解明という道を、裏口から入って突破しようとしたツケだ。


 今の人類の戦力はAランクダンジョン一つ攻略できない程度。

 けれど、恐らく新たに出現したダンジョンは、俺の今の推測が正しければスカイフォートレスと同等難易度か、それ以上に危険な難易度の物という事になる。


 険しく高く、人類にはまだずっと早いダンジョン。

 きっと、ゲームマスターの如き誰かはもっと探索者が力を付け、この最難関ダンジョンのスタンピードを攻略できるようになっている事を前提にダンジョンを発生させたんだ。その境界線がダークエルフを倒せるかどうか。

 けど、俺は幾つものズルをして、焦ってダークエルフを倒してしまった。


 だから、今の人類の、探索者の戦力じゃ恐らくこのスタンピードは乗り越えられない。


「俺は何て事を……」


 そう呟いた瞬間、部屋の扉が開いた。


「秀君……」


 そこに居たのはリオンさんだった。


「リオンさん……なんで……?」


「秀君、事情は聞きました。でも、まだ何も終わってないですよ。私たちがダンジョンを攻略したからこうなっているとしても、探索者がダンジョンを攻略するのがダメなんて事は無いはずです。でも、もしもそれで取り返しがつかない事が起ころうとしているのなら、私たちが止めるべきなんじゃ無いんですか!?」


 そう言って、彼女は俺に笑いかける。

 始めて出会った時と同じ、勇気づけてくれる様な奇麗な笑みで。


「行きましょう。少しでも力になるべきです」


 俺は目尻に溜まった涙を袖で拭く。

 そうだ。まだ何も終わってない。人類は滅びていないし、スタンピードがそんな強大な物であると決定している訳でも無い。

 そもそも、ダークエルフ討伐とダンジョン発生の因果関係がそんな俺のネガティブな妄想染みた物であると確定した訳じゃない。


「分かった。行こう!」


 ゼニクルスの再召喚までの時間は3時間。

 今から大体1時間後だ。


 ゼニクルスが復活したら転移で直ぐに向かえる。

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