第40話 愛情


 彼が生まれたのは、とある精霊人エルフ種の村だった。

 精霊人エルフ種は精霊エレメンタルと呼ばれる種族と人間とのハーフであるが、彼はなぜか他の精霊人種と大きく姿が異なっていた。


 肌は黒く、髪は白く、そして彼には性別が存在しなかった。


 本来であれば、精霊人エルフは真っ白な肌と黄金の髪を持つのが常である。

 けれど、彼はその全てが通常とは異なっていたのだ。


 更に、彼は身に余る莫大な魔力を保有していた。


 その異端児は投棄される。

 親に、そして村に捨てられ、彼は一人世界を彷徨う事になった。

 彼は旅にも差別にもいつしか慣れたが、それでもたった一つだけ『一人』には慣れる事ができなかった。


 だから彼は魔法を作り出した。

 ダークエルフと呼ばれる忌み嫌われた種族である彼だけが使えるその魔法の名は『双割』。

 自分を二つに分ける魔法だ。


 それは、親友であり、兄弟であり、恋人であり、夫婦であり、お互いを一番分かってくれる存在だった。

 男と女に別れ、そして男の方は自分を『ダー』と、女の方は自分を『ハー』と名乗り始めた。お互いがそう名付けたからだ。


(ハー、ごめんね)


(私の方こそ、ごめんねダー)


 今、彼らは一つの身体に戻り、そして蓄えた神気の力を解放し、正真正銘の全力を持って挑み、しかし敗れ去ろうとしていた。

 岩壁に覆われたその世界で、彼と神獣の身体を纏う神気の光りだけが輝いていた。


 外の様子は分からない。

 けれど、短時間でここから抜け出す事は不可能だ。

 何故なら、自分と同じ神気を宿した神獣がこの場で足止めを行っているから。

 それに、魔力で形成された数体の兵士がポーションと思わしき薬品を持ち、神獣の傷を癒すべく周りに配置されている。


 心の内で分かたれた人格同士が、お互いに謝罪を述べる。

 その意味は、力足らずの謝罪。


 爆発音が響き、同時に岩壁が崩れ去っていく。

 しかし、その穴から脱出する事などできようはずもなかった。


 全方位から急加速して接近してくる爆弾の類が、逃げ道を完全に塞いでいたからだ。

 その兵器の名前すら、彼らは知らない。


 砲撃と爆撃と銃撃が、彼らに向けて放たれる。


 神気は魔力で形成された全ての力を無効化する。

 しかし、近代兵器はその中に入っていない。


「これが貴様等の歴史か……」


 故に、幾ら魔法を使えようとも、どれだけ神秘的な力を扱えようとも、単独で突破する事は不可能。


「それでもきっと、あの方々が貴様等を滅ぼしてくれる。本当に愚かな種族よ、我を殺すという事は、我を殺せる力がある事をあの方々に示すという事だ。自らの終末を引き寄せる引き金をその手で引いたのだと、いつか理解し絶望しろ!」


 そんな誰にも届かぬ声を残して、ダークエルフの身体は粉微塵に吹き飛んだ。


(ハー、僕は君を死んでもずっと愛しているよ)


(私もだよダー。私はダーをずっとずっと好きでいるに決まってる)


 最後の時、彼らが考えたのはずっと一人だった自分を最後のその時まで一緒に支えてくれたお互いの事だった。

 そして、その彼彼女を幸福にできなかった不甲斐なさと別れを悲しむ感情だった。


 その姿はまるで、長年連れ添った夫婦が天に召されるように。

 彼らは消えて行った。


 それがこのたった15歳のダークエルフ最期であり、たった7年連れ添った半身との別れの時だった。


『もっとずっと一緒に居たかった』


 その声は、きっと神々に届くのだろう。


 だからこそ、ダークエルフが倒されたその瞬間、その怒りを露わにするかの如く、空中に位置する筈のこのダンジョンすらも巻き込み、地球全土が大きく揺れた。

 その時、ダークエルフが倒されたその瞬間、地球全域が大地震を起こしていた。

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