第33話 天空秀
はぁ、凄く緊張した。
あれってそういう事だよね。
濁すというか、気が付いていない風に装ってしまった。
でも、今そんな事をやってる余裕は俺には無い。
まだ、目的を何も達成できていないし、それを達成するために彼女の力は必要だ。
だから、もし全ての願いが叶って楓が目覚めたら、ちゃんと全部の決着を付けないと、と思う。
まさか恋愛で悩む日が俺にこようとは。
思い出されるのはあの日の記憶だった。
俺と楓の住む家は隣という事もあって、小さい時からずっと同じ場所にいた。
幼稚園とか小学校とか中学も。
けれど、同じ高校入学が決まって直ぐその高校に行くよりも前にそれは起こった。
俺たちの町を火が包み、至る場所から煙が上がっていた。
その光景を俺は絶対に忘れない。
人外の鳴き声がそこら中に響き渡り、あらゆる方角から成す術の無い即死の一撃がいつ飛んでくるとも分からない状態で、俺たちは逃げていた。
どこに逃げたらいいのかも分からず、どこに向かっているのかも分かっていなかったけど、それでも少しでも遠くへ、何より楓を守りたかったから俺は彼女の手を引いてずっと走っていた。
けれど、悪魔は唐突に現れた。
爪の長い奴だった。今ではワータイガーと呼ばれるそいつは残忍な笑みを浮かべて、俺たちへ襲い掛かった。
俺は身体が硬直して全く動けなかった。
けれど、楓は違った。
「秀!」
そう言って、彼女は俺と爪の間に身体を挟み込んだ。
爪は俺に届く前に止まる事になる。
その後、そいつは血を吐く楓から爪を抜いて思い切り頭を踏み抜いた。
頭蓋粉砕。後に、彼女の容体を聞いて俺はそれを知った。
そして、ヒーローは遅れてやって来た。
現れた複数名の探索者は俺だけを守ってくれた。
結局、楓はポーションを使っても意識は戻らず俺と彼女の両親が行方不明だという事実を知る事になる。
更にそののち、四人は死体で発見された。
俺も楓も姉弟はいない。
そこから三年、俺は鑑定士のクラスを何とかして戦闘向きにするべく、探索情報科の学校に入学した。
その間の金、楓の入院費も祖父母が出してくれていた。
今はその分のお金は返して、楓の入院費も俺が払っている。
そんな楓を目覚めさせぬまま、俺は幸せにはなれない。
なってはならないと思ってしまう。
鑑定士の力には真価があった。
そして、楓を助ける方法も発見された。
まだ、万全とは言い難いがそれでも確実に成功する探索なんて存在しないと思うから、俺は前に進める。
ダークエルフ、そして他6つのA級ダンジョンの攻略。
絶対に達成してやる。
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