第32話 リオン・エヴァ


「貴方は幸せになれるわ」


 それが、病室で聞いた母の最期の言葉だった。

 蛇神オロチを召喚する『神獣召喚』の力に覚醒したのは、14歳の時だった。

 職業本クラスブックはレベルを上げさえしなければ、凶悪すぎる力ではなく『便利な力』というのが一般認識だ。


 中学生程度でその力を覚醒させる事は珍しい事ではない。

 それが間違いだった。


 私の力が暴走し、そして蛇神オロチは母を襲った。

 その爪は一撃で母を絶命させる事は無かった物の、込められた毒は延々と母を苦しめ、そして殺した。


 病室の扉越しに、母と父の争うような声が聞こえた時があった。

 私を捨てる捨てないの話だ。父は母を殺した私の力を怖がり、そして憎み、私を孤児院に預けようとしていた。

 母は最期の時まで、「貴方と私のただ一人の子供ですよ」とそれを止めてくれた。


 父は母の言葉を守り、母が死んだあとも私を育ててくれた。

 私は、母の言葉を守る為に探索者になってこの力を制御しようと決めた。


 最初はスライムに挑む事にも臆していた私を救ってくれたのは、一つの動画だった。

 そこにはどうすれば安全で確実にモンスターを倒せるのかという事が載っていた。

 神獣召喚が使えない以上、私の力は普通の初心者探索者にも劣る。


 だから、その動画は凄く心強かった。

 何よりも、私と同じような殆ど力を持たない人がそれでもダンジョンに挑んでいるという事実が励みだった。

 そして、その彼は私の前に現れた。


 運命めいた何かを感じてしまうのは、仕方のない事だったと思う。

 そして、母の最期の言葉を何故か思い出した。もしも、幸せになろうとして良いのなら、その人と一緒になる事なんじゃないかとすら思った。


 天空秀。

 そんな名前の彼には、好きな人が居た。


 意識不明のその少女は、三年間眠り続けているらしい。

 それを目覚めさせるための秘薬が、ダンジョンを攻略した先にあると彼は私にそう言い、手伝って欲しいと告げた。


 嫌だった。目覚めさせたくなどないと思ってしまった。

 けれど、彼女は母とは違う。まだ死んでいない。目覚める可能性がある。

 それを見捨てるのは、もし母が生きていたとしても、私がそれを救う選択肢を取らないのではないかと思ってしまう。

 私は、そんなに薄情な人間じゃないし、母のためなら命を投げ出せたと今でも信じている。


 それを証明するためにも、そしてギルドの一員としても、私はA級ダンジョンを攻略する事を決めた。


 昨日、病院で秀君は私の想いに気が付いただろうか。

 いや、あそこまで意識した格好とか言動とかしてて気が付かれないとも思わないけど。

 いやでも、あの人ちょっと変だからな……


 人に言われてギルドを作って、設立するときには詐欺にあう直前だったらしいし。

 でも、鑑定を始めとした人を読む力には長けている。

 だから、バレていないとも思えないけど。けど、答えてくれるつもりも無いのだろう。

 そんな感じだった。


 エリクサー。

 それがあれば、あの人は助かるのだろう。

 もし、もっと早く見つかっていたらお母さんも助かったんだろうか。

 秀君が、私のそんな事情を知っていたら助けてくれただろうか。

 そんな、ありもしない想定を考えてしまうのは、きっと誰もかれもが羨ましいから。


 助けられる可能性を持っている秀君が羨ましくて、助けられるのを待って居られるあの人が羨ましい。

 秀君が優しい人だと分かっているのに自分勝手に願ってしまう。

 私も救われたかったと。


 そんな風に気落ちして、思い出す。

 あの人は、何度も私を助けてくれていた。

 動画でも、神獣を一緒に制御してくれて、私をギルドに迎えてくれて。

 私は何度も救われていた。


 だから今度は私が彼を助ける番なのだと、色々な迷いはあってもそれだけは確信できた。


 

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