第31話 君には知って置いて欲しかったから


「どうしたんですか秀君、急に呼び出したりして」


 夜も少し更け始めた頃、彼女は待ち合わせ場所にやって来た。

 リオン・エヴァ。俺の最初の仲間を誰かと聞かれたとき、俺は間違いなくこの人の名前を上げる。


「少し、歩くけどいい?」


「はい、全然大丈夫です!」


 昨日、神薬エリクサーのレシピという情報を得た俺の今の目的はその素材となる血液を全て集める事。

 実際、あのレシピ通りに作った薬品が本当にその効果を発揮するのかは定かでは無いが、いつ出土されるとも分からない神薬を待つよりは、自分で動く方が堅実だろう。


「私の今日の服どうですか? 私ギルドに入ってから給料なんて物を貰ってるじゃないですか、だから一杯服とかアクセサリーとか買えるんですよ」


「あぁ、凄く似合ってるね」


 今日の彼女の服装はいつも探索の時に眼にする『装備』とは全く違う、女の子の服装だった。

 ベージュのワンピースに、少し大人な雰囲気の小さな宝石のついたネックレス。そして、耳にはあまり目立たない大きさのイヤリング。

 靴は背伸びしたヒールだし、メイクもそれに合わせてかいつもの控え目な物とは違う大人っぽい物だった。


 今日のリオンさんは一段と可愛い。


「ここだよ」


「え、ここって……」


 俺がリオンさんを連れて来たのは病院だった。


「勘違いさせたね。今日はデートって訳じゃ無いんだよ」


「え…… あ、いや、うん。えと、そ、そうですよね! いや、恥ずかしいな私……」


「違う、俺が悪いんだ。予め用件を言わなかったから」


 言えなかった。

 どう伝えていいのか分からなかった。

 そして、説明するより見せた方が早いと思った。


 だから、探索の後、彼女に「もう一度会いたい」なんて考えの至らない誘い方をしてしまった。


「昨日の会議の事、清水さんから聞いた?」


「はい、咲楽さんから少しだけ」


神薬エリクサーのレシピだよ」


「言っていいんですか?」


「大丈夫だよ。うちのギルドメンバーには言ってもいいって契約に変えて貰ったから。でも外部の人には言わないでね?」


「まぁ、そりゃ言うなって言われたら言いませんけど」


「それに、これを言わなきゃこの先の話はできないからさ」


 俺はリオンさんを連れて、病室の前へ立ち扉を開いた。

 リオンさんは、俺が入った後から恐る恐るといった風に入って来た。


「誰かに会わせたいんですか?」


「あぁ、会って欲しい人が居るんだ」


「ご両親、とかではないですよね流石に……」


「うん、俺の両親はずっと昔に死んでるから」


「……ごめんなさい」


 彼女は本当にいい子だと思う。

 気配りもできるし性格もいい、上品さもあり、人の気持ちを思いやれる、そんな誰をも魅了する魅力を持っている。


 だから、俺はリオンさんと楓を会わせた。


 三年間、目覚める事のない眠りに捕らわれた俺の幼馴染。

 そして、俺が探索者になった理由。


「この人は……?」


 救命装置から送られてくる栄養を頼りに、今の今まで生きて来た彼女は、3年前よりよっぽど大人っぽくなった。

 けれど、そんな彼女は笑う事も泣く事も動く事もない。


四葉楓よつばかえで。俺が探索者になったのは、3年前のスタンピードに巻き込まれて意識を失ったこいつを、助ける為なんだ」


 息を呑んだリオンさんは、楓から視線を外す事なく凝視している。


「なんで、それを私に言ったんですか?」


「リオンさんが俺の最初の、そして一番の仲間だから」


「そうですか。この人とはお付き合いを?」


「え? いや、そんな事無いけど。ただ事故の時は俺を庇ってくれたんだ」


「じゃあ、好きだったんですか?」


「好きだよ。今でも、目覚めさせたいと思うほどに」


「なるほど……」


 少し落ち込むような表情を見せて、リオンさんは俺を見据える。


「そう言う事ですか…… それなら、私も全力で秀君の目標のために尽力しますよ! だって、ギルドの目標はもう私の目標ですから」


 そう言って、リオンさんは花が咲くように笑う。

 それは何の混じりけもない、真っ直ぐな笑顔だった。


「それで、いつか秀君は私に頭を下げる事になるでしょう」


 俺の顔を指さして、今度はそう宣言する。


「そりゃ、楓が目覚めたら俺は一生頭上がらないけど……」


「そういう意味じゃありません、もっと、良い意味でです。だからそれまでは私は何もしない。狡い気がするので。だから早く目覚めさせて、正々堂々と楓さんとは戦います」


「え、いや戦わんでも。ていうか探索者ですら無いんだし」


「そういう意味じゃないですよ! まぁ、でも今はそういう意味だと思っててくれてもいいですけどね」


 可愛らしく人差し指を自分の口元に当てて、リオンさんは俺にウィンクを一つした。

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