第20話 詐欺その1


 天空秀、鑑定を持つ恐らく唯一の探索者。

 そして、今起業しようとしており、絶賛詐欺に遭おうとしている。


「はぁ……」


 清水咲楽はため息を吐く。

 彼と会って話した回数は経った三度にも関わらず、何故か彼は自分に全幅と呼べる信頼を置いている。


「絶対頭おかしいよあの子」


 なんて言ってしまう程、天空秀は騙され易そうだった。

 なんだ株の30%違う人に渡した方が円滑って。100%自分が持ってた方が安泰だし円滑でしょ。


 起業に必要な全ての契約は彼がサインするだけで終わる状態にしている。

 そして、私たちと顧問契約した瞬間に彼は会社をほぼ乗っ取られる状態になる。


 30%を私が、そして30%を編集者が持っているという事は、私と編集者の人間が手を組むだけで会社を乗っ取る事ができてしまうという事に他ならない。

 そして、既にその編集者には手回しを済ませている。




 ■




 今日は色々な契約書にサインする必要があるらしいので、なんか高そうな万年筆と印鑑を持って来た。

 契約に必要な物はこれだけらしいので、忘れ物は無しだ。


 後は清水さんの言う書類にサインするだけである。


「それで、なんで斉藤さんも居るんです?」


「清水さんから連絡をいただいてサインが必要だって呼び出されたんです」


 へぇ、株を渡すだとかそんな話だったっけ。

 多分渡される側にもサインが必要なんだろうな。


 中へ入ると、北壁さんと清水さんが待っていた。

 代表の人も立ち会うのか。


「お待ちしておりました。どうぞおかけください」


 四人用の机全てが埋まる様に俺たちが席に座る。


「では早速ですが、こちらの契約書全てにサインして下さい」


 幾つかの書類が、清水さんから俺と斉藤さんの両方へ配られ。

 俺たちはそれにサインしていく。


「これが終われば晴れて社長ですね。そしてここに居る清水が顧問弁護士です」


 北壁さんが俺にそう言った。

 正直この人の言葉はどうでもいい。


 俺のスキル【鑑定】の本質は価値を知るスキルだ。

 だが、人間は美術品じゃない。価値なんて一概には計れない。


 だから、鑑定スキルはそんな疑問に対して一つの答えを用意した。

 鑑定lv10時点で覚醒したのは『善悪鑑定』という効果だった。その人物が善性か悪性かを判断する事ができる。


 ただし、善悪の基準なんて人それぞれだ。

 例えば暴力を振るう人間は悪だが、もしかしたら殴られている方が悪人の場合もあるだろう。

 けれど、第三者から見た「AがBを殴っている」という事実はAを悪人と断定させてしまう。


 そんな疑問に対しての一つの回答。

 それは『俺にとって都合の良い考えを持っているか』どうか、つまり好感度だ。

 清水さんはプラスのそれを持っている。北壁さんは逆に俺に何か不利益を齎そうとしている。

 斉藤さんは清水さんと同じ。


 俺は俺の目を信じている。これを信じられなくなったら俺にはどうせ何も残らないから。


「清水君、顧問契約の書類が無いようだが……?」


「はい。申し訳ありませんが顧問契約は致しません」


「え?」


 俺は何が起きてるのか知る由もない。

 法律の事も会社の事も正直良く分かってない。分かってるのは味方と敵の判別だけ。

 考えなしでなんでもやり過ぎと言われればそうなのだろう。けれど、俺と俺以外とでは見えてる世界の複雑性が全く違う。

 だから、考える必要がそもそもない。


「それと天空様、株も要りません。社長、これを」


 清水さんはポケットから何かを取り出し、それを机に置いた。

 そこには退職願と書かれている。


「な…… ふ、ふざけるなぁ!」


 北壁さんが怒鳴り声をあげる。

 俺でも何が起こってるのかやっと分かって来た。

 清水さんはこの事務所を退職しようとしているようだ。


「ふざけてはいません。もうこの事務所では働きません」


「な、き、貴様! 俺がどれだけお前のミスを許してやったと思ってる!」


「ミスは、故意に行っていました。それが顧客のためであり公平性のためです」


「俺の事務所の規模は知ってるだろ? ここを辞めてお前になんの得があると言うんだ」


「私にでは無く、顧客に対しての得を優先するのが我々のはずです」


「綺麗事など聞きたくもないわ! ふざけるなよ、今日辞めると言うなら損害賠償で訴えてやる! お前の給料一年分は覚悟しろよ!」


 ゆでだこの様に真っ赤になった頭で、唾が数メートルは跳びそうな程北壁さんは怒鳴り散らしている。

 怖すぎるでしょ。まぁ、モンスター程じゃないけど。


「そういう事なら、金なら俺が出すよ」


 実際、金は数千万程度ならある。動画の収益も毎月上がっていってるし。

 税金で抜かれると考えてもそれくらいなら払えるだろう。


「「「え?」」」


 俺以外の三人の視線が俺へ集まった。


 

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