第18話 専属契約
三日かけて新宿ダンジョンを60階層まで行ってきた。
動画も100本近く撮って来た。
それを前に動画編集をお願いした人へもう一度依頼する。
一本五万。ちょっとお金が足りないからまずは10本くらい依頼した。
そうすると、その人からある相談を持ち掛けられた。
『良ければ専属契約致しませんか? 実は自分も元ですが探索者で、一度会ってお食事でもどうでしょう?』
要約すればそんな感じのメッセージが、凄く丁寧な文章で送られてきた。
高卒で探索者になった俺だが、それに合わせてできるだけ丁寧な言葉で「分かりました」と返信をしておいた。
どうやら、その相手も都内に住んでいる様で駅二つか三つ分の距離らしい。
会いに来てくれるという事だったので、とあるカフェで待ち合わせをした。
俺は店員さんに、その編集者さんの苗字である『斉藤』さんが来たら教えてくださいと言ってカフェの一席に座る。
時刻は朝の10時15分。人も多い時間帯では無いから、店には俺を含めても三人も居なかった。
約束の時間の10時30分の五分前、25分に彼は現れた。
ラフな服装だが、インテリ系の眼鏡とキッチリセットされた黒髪からは、几帳面さが伺えた。
店員さんがその彼を俺の席まで案内してくれた。
「探索者の天空秀です。よろしくお願いします」
「あ、よろしくお願いいたします。フリーで動画編集をしています
言葉遣いも丁寧な人だ。
年齢は二十代後半って所だろうか。思ったより見た目は若い。
彼は席に着くと、コーヒーを一杯注文し、こちらに向き直った。
「えっとですね、本日ご相談させて頂こうと思ったのは私と『専属契約』しませんかというお話でございます」
そう、それが本題だ。
専属契約、多分俺の動画の編集を専任してくれるという事なんだろうけど、いまいち今と何が変わるのか良く分かっていない。
「あの、今の状態だと問題があるんですかね?」
「正直に言うとですね、大量にあります」
斉藤さんは、はっきりと俺にそう言った。
「まず会社、ええ探索者で言えばギルドですね、これを立ち上げた方が良いと思われます。税金対策にもなりますし、何より僕が加わるとしても僕と天空さんの二人だけではとても手が回らなくなります」
「手が回らないっていうのは……」
彼の説明はこうだった。
まず、編集者が圧倒的に不足している。
俺の動画投稿頻度、というか動画の持ち込み数が多すぎるのが原因だ。
一度ダンジョンに入れば少なくとも10体分以上の動画を撮って来る。それを編集するのは正直一人ではキツイとの事らしい。
だから、ギルドを結成してそこで編集者チームを作った方が良いと言う話。
更に、法律的にも様々な対策をする人間が必要だろうから顧問弁護士を雇った方が良いという話。
もっと言うと、俺以外にも探索者を増やした方が安全性が上がるし、何よりもっと高位のモンスターの動画撮影にもその方が役に立つ。
「えっと、一応鮮血の偶像ってギルドに誘われててですね」
「スカウトを受けてるんですか。お受けされるんですか?」
「考え中って感じです」
「だったら自分でギルドを作った方が良い。その方が貴方の鑑定の力は十全に発揮される」
斉藤さんは俺にそう熱弁してくれた。
「実は、僕も探索者を目指してて実際ギルドに所属してた事もあるんです。でもクラスに恵まれなかった」
斉藤さんの話はこうだった。
クラスに恵まれたか、恵まれていないかはレベル1の段階で判断できない。
だから、最初は弱いクラスを引いた人でもレベルを上げられるチャンスというか方法が必要なのだと。
それには、俺の鑑定動画が必ず役に立つと。
彼はそう言ってくれた。
正直嬉しかった。
黒峰さんもリオンさんも、鮮血の偶像の人たちも俺の力を認めてくれていたが、それでも俺自身に実力が無いのは確かだったし、俺の価値は彼らがいてこその物だと俺も彼らも思っていた。
けれどこの人は、俺の才能単体に価値があると言ってくれた。
斉藤さんは、俺と同じ18の時に探索者を始めたらしい。
そして一年間ギルドで探索者としてやってきた。
更に、その後才能が無いと絶望した後でもギルドでの事務業務を3年ほどしてきたらしい。
けど、やはりそれは肌に合う事では無くてギルドを退社した。
今はその時に培った動画編集の技能を使ってこの仕事をしているらしい。
「だからこそ、僕は貴方の専属に成りたいんです。僕の夢は叶わなかったけど、それでも僕の後ろに居る人たちには同じ理由で諦めて欲しくないから。貴方の助けになるのなら、僕は本望ですよ」
なんで、今契約してる動画編集が終わった後の仕事は全てキャンセルして完全フリーになってます!
と、そう言ってくれた。
いや、それは流石に気が早いんじゃ……
まぁ、いいか。
「分かりました」
正直、俺はこの人に鑑定士として蔑まれて来た時の自分の未来を重ねて見てしまった。
あのまま、誰からも認められる事無く、動画配信でレベルアップするという能力も無かったら、俺はこの人と同じ人生を歩んでいたかもしれない。
そう思ってしまった。
だから、
「専属契約、お願いします。そして、ギルドを作る事にします」
幸い、金はある。
弁護士を雇ってギルドを作れる程度には。
「よろしくお願いします!」
俺は斉藤さんの手を強く握った。
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