第14話 覚醒


『経験値を5獲得』

『経験値を5獲得』

『経験値を5獲得』

『経験値を5獲得』


 うるさい。

 今そんなの聞いてる暇はないんだよ。


 多分、動画を見た誰かがモンスターを倒しているのだろう。

 でのここに来るまでに稼いだ数万以上の経験値を持つ俺には今さら殆ど関係ない。一桁台の経験値が獲得されたって……


「そんな、一体どうしたら……」


 黒峰静香も万策尽きたと言った表情。


「なんでよ……」


 リオンさんは、今になって死が近づいて来たと理解したのか目尻に涙を浮かべている。


 今、この状況を打破できる手段を持つ人間はこの場には1人も居ない。


「終わりだ」


 誰かが呟く。

 しかしその声に、否定の言葉は掛からない。


 誰もが状況を認めているからだ。



『経験値を5獲得』

『経験値を5獲得』



 うるせぇって言ってんだろ。

 俺は経験値の所得ログを切る。



『レベルが1上がりました』


 え。


『レベルが30を超えた事で、スキル――を獲得しました』


 そのスキルは……



 俺はリオンさんの肩を叩く。


「秀君……?」


 涙で頬を濡らしながら座り込んだ彼女は、俺を見上げる。

 可愛いな。いや今はそんなことどうでもいいか。


「立って」


「え?」


「こうなったら君のスキルで神獣を呼び出すしかない」


「でも、私使い熟せないんです」


「暴走してもいい。このまま何もしなくたってあいつに皆殺されるだけだ」


 分かっている。

 彼女の現在のスキルレベルでは呼び出す事はできても『命令』するところまで制御ができない。

 だから、好き勝手暴れる神仏は味方も自分も構う事無く傷つける。


 だからその力の一部を召喚して、自分に宿す程度しか神獣の力を扱えない。

 けど、


「任せてくれ。俺は『支援職』だ。それに、何も変わらないって諦めるのは、やれること全部やってからの方が良くないか?」


 リオンさんが俺を見る。

 そして涙を拭った。


「分かりました。秀君を信じてみます。けど、本当に制御できませんよ?」


「分かってる」


 リオンさんの身体から黄金色の魔力が溢れた。


「【神獣召喚・蛇神オロチ】」


 巨大な、蛇のモンスターが召喚される。

 そのサイズは、家一軒程度なら巻き込んで潰せる程だ。


「みんな出口まで下がって! 黒峰さんはもう一度を壁を破壊してください」


 俺の指示をこのダンジョンで何度も受けて来た彼らの身体は、何となくと言った風に動き始める。


「この大蛇は何? 一体何をするつもり!?」


 黒峰静香も俺の指示は聞いているが、悪いが説明している時間は無い。


「リオンさん、制御するよ」


「え、でも」


「大丈夫、俺を信じてくれ」


 真っ直ぐ目を見て、俺はリオンさんへそう言った。


 鑑定、収納、観察に続く4つ目の俺のスキル。

 それが、今覚醒した。


 その力の名は、【模倣】。

 鑑定した対象のスキル一つをコピーして一時的に使用できる。


 模倣、神獣召喚。


「言う事を聞きなさい!」


「言う事を聞け!」


 俺とリオンさんが、同時に蛇神へ命令を送る。

 その強制力があれば、もしかしたら制御できるかもしれない。

 それが、この状況を突破できる唯一の可能性!





「え、この感覚は……」


「あぁ、制御できてる」





 蛇神が俺たちの命令を待っている。


「命令するんだ」


「はい! あのダークエルフを滅ぼして!」


 その命令に従い蛇神が動き始める。


「何だよこいつ。魔法を弾くのか?」


 神獣は神気の獣。

 魔力とは神気の下位の力だ。それじゃあ神獣の身体に傷は負わせられない。

 と言っても、召喚時間に比例してリオンさんの魔力を消費するから一分も持たないんだけど。


「黒峰さん!」


 俺は叫ぶ。

 彼女がどれだけ速く壁を貫けるか、それにかかっているから。


「逃がさないよ!」


「魔法を使わせないで!」


 リオンさんに従って大蛇が怒涛の攻撃を仕掛けている。

 魔法で傷を負わせられない以上、ダークエルフは防衛に魔法を使っている。

 その状態で、入り口を塞ぐ壁を再構成するのは無理だ。


「空いたわよ!」


「逃げろぉぉおおお!!!」


 ダークエルフと大蛇を残して、俺たちは黒峰静香の空けた穴から外へ逃げた。




 俺たちは3人の犠牲を出しながら、A級ダンジョンを敗走した。




 しかしそれでも、俺たちはA級ダンジョンの迷宮主と交戦し帰って来た初めての人類となったのだ。


 それと一つ、俺の人生における目標ができた。


 絶対に、ここに戻って来る。レベルを上げて、スキルを増やして、そしていつか絶対にあのダークエルフを俺が倒す。

 そう誓いながら、俺はダンジョンから逃げ出した。




 ■





「あぁ、逃げられちゃった」


 大蛇を相手にしながら、逃げて行く人間たちの様子をダークエルフは眺めていた。


「でも、こいつどうしよ。術者が離れたら消えるかな?」


「何やってるのよ」


 独り言を話していると、ダンジョンの最奥迷宮主の部屋から一人の少女が現れた。

 その少女も褐色の肌と尖った耳を持っていた。ただ、髪の色は真っ赤に輝いている。


「私が寝てる間に、なんでこんなのに苦戦してんのよ」


 そう言った瞬間、少女が跳躍し大蛇の胴を上から押しつぶす様に殴りつけた。

 大蛇の身体がひしゃげ、一撃で絶命した。


「なるほど、物理攻撃体術なら通用するのか」


「さぁ、戻るわよダー」


「あぁ、次に人間が来るのを楽しみに待とうかハー」


 2人のダークエルフ迷宮主の部屋へ戻って行った。

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