第13話 ダークエルフ



―――

ダークエルフ♂

ランクA

魔力ランクAA

身体ランクB

スキル【魔術回路】【詠唱無視】【多重詠唱】【自然体】

―――



 俺の目に映る光景は、絶望という言葉が相応しい圧倒的なステータス情報だった。

 俺の言葉を待つように、チームメンバーたちがこちらに視線を向けている。


 けれど、この差を言ってしまっていいのだろうか。


 ランクAはA級の探索者が三人必要なレベル。

 ここに居る人員ではその規模感で言っても討伐は絶望的。


 更に、こいつのスキルの詳細が【鑑定】スキルによって俺に流れ込んでくる。


「みんなっ、こいつは魔法を既に展開して……」


 俺が言葉を放つよりもずっと速く、高速で術式が展開される。

 幾何学的な魔法陣の中から暴風が吹き荒れ、前衛組が吹き飛ばされた。


「あれ、僕の隠形魔法陣が見破られたのか。中々いい目をしてるじゃないか、そこの君」


 穴のできた隊列の中、俺とダークエルフの視線が交差する。


「お前……」


 現戦力で、こいつに勝てる方策は……少なくとも、俺には全く浮かばない。


「黒峰さん! 撤退を!」


「もっと遊んでくれよ。ストーンシールド」


 魔法の展開先は、俺たちが入って来た通路。

 逃げ道を塞がれた。


「くそ、おら!」


 斧を振りかぶった男が魔法によって発生した岩の壁を破壊しようとするが、俺の『観察』には見える。

 魔力の密度が違い過ぎる。


 あれを壊せるとしたら……


「無駄だよ、君らじゃそれは何百回殴ったって壊せない。もし可能性があるとしたら1人、いや2人かな」


 俺にもその2人が誰なのか分かる。

 けれど、その内1人は力を制御できていない以上、可能性があるのは1人だけ。


「黒峰さんがあの岩を破壊して下さい。他のメンバーがその間、こいつを抑えるしかない!」


 もう、勝ちに拘ってる場合じゃない。

 この戦いは絶対に勝てない。だから撤退戦だ。


「皆、頼むわよ」


 黒峰さんが懇願するようにギルドメンバーにそう声をかけた。


「任せて下さいよギルドマスター」


「そうです。俺等だって伊達に何年も探索者やってきたわけじゃないんです」


「行ってください。マスター」


「頼みます」


 このギルドは良いギルドなんだろう。

 誰もがギルドマスターである黒峰静香を信頼している。

 そして、誰もが彼女のためになる事をする事に躊躇ちゅうちょが無い。


 俺もできる事をしよう。

 それは、魔法のタイミングを知らせる事。


「水属性魔法、規模は中位、発動まで残り三秒」


「バラさないでくれないかな?」


 俺の言葉通りの魔法が発動される。

 水流を操り、相手にぶつける魔法。


 魔法だ。あいつの身体が内包する魔力量は確かに圧倒的ではあるが、それでも限界がない訳じゃない。

 もしも可能性があるとしたら魔力切れによる戦闘不能。


「じゃあ、君から狙ってみよう。召喚獣、肉食蜻蛉ニクトンボ


 魔法陣から現れた拳サイズの虫のような何かが、俺へと飛来する。

 その速度は圧倒的。


「させない。【降霊召喚・神気武装】」


 黄金の光りを宿した剣で、リオンさんがそのトンボを切り裂いた。


「めんどくさいなぁ。ボディーガードも優秀だ」


 その言葉と同時に、奴は次の魔法の詠唱に入っている。

 そんなフェイクには騙されない。


「炎属性魔法。規模は下位。来ます!」


「まぁ、正解ではあるんだよね。けど、50点」


 しまった!

 炎の魔力反応に隠れるように、その後ろにもう一つの魔法属性の魔力が見えた。


「2つ来ます! 避けて!」


「もう遅いって」


 2つ目の魔法は風属性。

 最初に放った炎の球にぶつける様に当てられた暴風は、炎の竜巻となって皆に襲い掛かる。

 皆は俺の指示によって炎の下位魔法への対策をしていた。

 この規模は想定を超えている。


「ッチ、もう少し俺等の事も信用しろよな」


「そうだぜ坊主」


 鮮血の偶像メンバーが竜巻に向けてスキルを発動した。


「「重装独歩」」


 それは『騎士』のクラスを持つ2人のメンバーが発動する、合わせ技。

 2人の身体が完全硬質化する事で、あらゆるダメージを軽減する。

 竜巻は、進行方向に居たその2人に阻まれて消滅した。


「どうよっ……?」


「まっ……!?」


「速攻魔法、ロックバレットだよ」


 魔法を防いだと一瞬気を抜いた事。

 それが2人の生死を分けた。


 高速で飛来した石の魔法が、その額に直撃し貫通した。その人は屍に変わる。

 更に、もう1人の男の脚に2発目が当たる。それによってバランスを崩した彼に、3発目、4発目と魔法が撃ち込まれた。


「前持って詠唱を済ませて待機状態にして置く事で、魔力を流すだけで魔法を発動させる技術。君が見てるのは魔力だろ? じゃあ、魔力を流さずに魔術を構築できる僕の魔法を全て見切るのは不可能だ」


 死んだ。3人死んだ。


「空いたわよ!」


 その瞬間、唖然とした表情の中に一条の救いの光りが現れる。

 黒峰静香が逃げ道を確保したという報告だった。


「だから、逃がさないって言ってるでしょ。ストーンシールド」


 即座に、空いた穴が塞がっていく。


「な、嘘だろ……」


 探索者の1人が武器を取りこぼす。


「無理なのか。マスターの力でも」


 彼らの縋っていた物、リーダーへの圧倒的な信頼が崩れ去る。

 黒峰静香よりも相手のダークエルフの方が格上、その事実がチームの精神面を崩壊させた。



『経験値を5獲得』


 静かな空間で、俺の頭の中だけにそんな空虚な声が響いた。

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