第12話 迷宮主


 その後も迷宮攻略は『順調』の二文字に相応しい程安定して進んでいた。

 しかし、ダンジョンを進んだ先、現在の階層数は25階層。そこには一つの扉があった。


迷宮主めいきゅうぬしの扉……」


 誰かが呟いた。

 探索者なら、誰でもこの扉の事を知っている。


 この扉の先には、そのダンジョン内で最も強力なモンスターが配置されている。

 そのモンスターを討伐する事で、晴れてこのダンジョンはクリアという事になる訳だ。


 ダンジョン攻略とは迷宮主の部屋の先にある、自壊システムを掌握する事を指す。

 自壊システムを掌握した段階で、そのダンジョンはモンスターが発生しなくなる事でスタンピードを起こさなくなり、そのシステム通りに破壊する事も可能になる。

 勿論、ダンジョン資源のために残す場合もあるが、極めて希少な資源でも無い限り、基本的には自壊させてしまうのが殆どだ。


 ただ、A級唯一の攻略済みダンジョンとなれば十中八九残されるだろう。


 まぁ、そんな話はこの扉の奥にいる迷宮主を倒した時に考えればいい。

 というか、そもそも挑むのだろうか。


 A級ダンジョンの迷宮主討伐というのは少なくとも公開情報内では人類未踏の領域である。


 黒峰静香はどう判断を下すのだろうか。

 そう思い彼女に視線を送るのは俺だけではなく、この場の全員だ。

 もしも挑むのなら、俺たちは死を覚悟する事になる。


 A級ダンジョンの迷宮主に挑んだ記録は世界を見れば何度かある。

 けれど、その扉の先から帰って来た探索者は一人も居ない。


 つまり、少なくとも過去のデータを見れば、この部屋の突破確率は0%。


「一度戻りましょう。また、ここまでは来れるわ」


 そう、俺の鑑定の情報は俺がその場にいないと活用できない訳じゃない。

 今日見聞きした敵モンスターの情報は、次の攻略でも活かす事ができる。


 だから、こんな行き当たりばったりな事をしなくても、何度でも安全に挑み直せばいい。

 死ななければ、再起は可能なのだから。


「えぇ、来ないんだ?」


 それは探索者の一団から上がった声では無かった。

 声の方向へ誰もが視線を移す。その先は、目の前の扉の先。


「全員警戒態勢!」


 黒峰静香が叫ぶ。

 今の声は間違いなく、扉の中から聞こえて来た。


 この先にいるのはモンスターの筈だ。

 少なくとも、B級以下のダンジョンではそうだった。

 なのに、そのモンスターが要る筈の内部から、なんで言語が、日本語が聞こえてくる?


 相手は俺たちと同等の知能を持った存在。

 それが敵か味方かすら漠然としているこの状況。


 人語を介するモンスター。そんな最悪の予感が全員の頭に浮かんだと思う。


「誰かしら?」


 黒峰静香が扉に向かって、そう話しかけた。


「さぁ、誰だと思う?」


 まるでこちらを莫迦にしたような声色で、その声は話す。

 俺の鑑定は相手が視えなきゃどうしようもない。


「悪いけど、中に入る気は無いの」


 迷宮主はその部屋から出てこない。

 だから、相手が迷宮主であるのならば、ここは安全地帯の筈。

 しかし、声から感じるプレッシャーの様な何かはまるで俺たちが掌の上で踊らされているような感覚を覚える。


「そっか、じゃあ僕等が外に出ようか」


 そう言った瞬間、こちらから開けない限り絶対に開かない筈の扉が向こう側から開かれた。


「やぁ、初めましてだね」


 出て来たのは褐色肌の黒髪の少年。

 とてもモンスターには見えないが、しかし人外と言える点は耳が尖っているという事だろう。


「僕は本当に僕の事が良く分からないんだ。でも分かる事もあるからそれを話そう。僕はダークエルフで、君たちを殺すためにここに居る」


 まるで、少年が面白半分で蟻でも踏みつぶすように。


「え……」


 最前線にいた近接系探索者の一人の首が飛んだ。


「気を引き締めなさい! こいつは敵よ!」


 一気に緊張が走る。

 今まで誰も死人が出て居なかったから、忘れる所だった。

 それ以前に、俺はダンジョンで人が死ぬのを見るのも初めてだ。


 けど、目の前で両親が死んだ記憶があるからか、そこまで取り乱す事も無かった。


 ただ、ここが死地である可能性を認識しただけ。


「僕を倒してみなよ、人間君たち」


 残忍な笑みを浮かべて、ダークエルフはそう言った。

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