実る石榴色の君
めぐむ
第一章
第1話
その症状が明らかになってから、たったの十年ほどしか経っていない。人々はひどい混乱に陥った。
原因不明。治療法不明。余命は長くて三年の不治の病。宝石結晶病という名前のついた病状は、身体が徐々に宝石化していくものだった。
身体の自由が利かなくなり、五感がなくなっていき、思考が削られ、最後に心臓が止まる。緩やかな死へ向かうしかない。そんな報われない不治の病。その摩訶不思議な現象は、人々を動乱に突き落とした。
宝石化だ。
そんな神がかり的な症状は、原因不明にしても不明瞭に過ぎる。そんな症状であるものだから、世間は都市伝説や陰謀論に飲まれた。生来なら、一笑に付されたものかもしれない。しかし、推測も立たない病気に対しては、その筋道から外れてしまっていた。
自然派や宗教が世間を賑わせて、混乱は未だに収まってはいない。それでも、いくらかは落ち着いたのだという。
俺たちの世代では、一応宝石結晶病も、物心ついたころから世にある病気として認識されていた。だからと言って、その不幸な病気を受け入れられるかと言われると別だけれど。
けれど、親などの上の世代に比べれば、まだ順応性も高いらしい。自分たちの中では自然なことなので、そうした自認は薄かった。それに、いくら症状として認識しているとしても、身近なものとして認識できているかは別物だ。
宝石結晶病は感染力があるのかも不明。それでも、患者は増加の一途を辿っている。だが、俺には身近にあるものではなかった。学校では入院したなどの話も聞くが、同級生でもなければ顔見知りでもない。
そうしたあやふやな距離感で、どこか他人事であった。それが急速に現実となって差し迫ってくるなんて、想像しないほどには他人事だったのだ。
こみ上げてくる欠伸を噛み砕いた。
宝石結晶病は保健体育に限らず、現代社会でも取り扱う。近年の情勢として無視できないものだった。
病気の概要や社会に与えた影響などを取り扱うが、中身は明るいとは言い難い。概要も数年に渡り変化はないし、与えた影響も混乱という一言に集約される。
身近でないのだから、歴史を習うのと隔たりはない。ただ、無残というより他にない状況ばかりが横たわっていた。停滞し続けている病気への対策はない。そんな世間が健全であるわけもなかった。
それを午後一の授業で聞くことに、興味が引かれるわけもない。再びこみ上げてくる欠伸は耐えきれずに、涙が滲んだ。
「宝石結晶病は治療法が一切確立していない病気だ。いつ誰がかかるかも分からない。空気感染ではないことは確実だが、遺伝子については研究が進んでいない。まだ分からないことばかりの謎の症状だ。宝石化による無機物化は恐ろしいものだろう。予防のしようもない。君たちも覚悟しておくように」
予防のしようもない。
この不穏な原因によって、人類の選別だの、宇宙人の侵略だの。与太話が陰謀として出回っている。
本気で信じているものもいないだろうが、都市伝説として薄らと信じようというものもいるらしい。アホらしいことだ。だが、予防しようのない不条理な病気を解釈しようとすれば、そんなアホらしいことに縋ることにもなるのだろう。
覚悟、ね。
そう言う教師の声が軽々しいと思うのは、俺だけなのだろうか。実際問題として、この教師が宝石結晶病に通じていれば、そんな慰めにもならないことをうそぶけるものなのだろうか。直面したときに、すぐさま覚悟を決められるというのか。
俺には到底不可能に思えた。自覚すらも怪しいのではないか。実感などできそうにもない。宝石化していく身体の不具合など、想像もできなかった。肉体が宝石になるのだ。比喩表現でも何でもない。事実として、そうなる。
硬度や箇所によっては、肉体が割れて壊れるらしい。結晶となる宝石の種類は人によって異なる。その特質もそれぞれに異なり、研究は進まない。ゆえに、悲しい話が増えるのだ。
そして、そこに深い興味を抱かない。クラスメイトも同じようなものだ。二つ斜め前に座ったいつもは真面目に授業を受けている女子も、肘を突いてよそを向いている。俺もまた三度目の欠伸を零しながら、窓の外をぼんやりと眺めた。
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