第14話

 意識を失うのは案外簡単だが、深い眠りを続けるには体力も気力も必要になる。

 極限状態におかれた疲労と恐怖心で、大洋は途切れ途切れに意識の喪失と覚醒を繰り返していた。頭の奥はジンと痺れ、深い思考が出来ない。ただめぐり合わせという言葉がずっと、浮かび上がっては沈み、また浮かんでは瞼の裏を漂っていた。

 この世界で初めて出会った時の少女。それから長老たちに、アルド。パウラ。

旅に出てから初めて得た知識、見たもの、出会った人。

不甲斐なさが恥ずかしかったり、刺激を受けたり、情けなくなったり。その中で自分にもなにか出来ることがないかと、思ったりもしたのだけれど。

 これが、めぐり合わせ。

 これで少女たちとの旅は終わり、大洋は知らぬ場所、人に売られていく。それからどうなるか想像もつかないが、恐らく碌でもない未来なのだろう。それがめぐり合わせらしい。もはや大洋にはどうすることも出来ない。

 恐怖というものは、あまりに過ぎれば麻痺してしまうのかもしれない。あるいは疲労が突き抜け、虚脱してしまったのかもしれない。力なく床へ横たわる大洋の中に残ったのは、ただ漠然とした申し訳なさだけだった。少女やアルドたち、そして元いた世界の家族や友人たち。それから救うはずだった、この世界。

 申し訳ないな、と。


「そろそろ時間だぞ」


 大洋を騙した男でもない、女でもない、もう一人の若い男の声がした。時間だからと戻ってきたのか、しばらく前からそこにいたのか、気が付かなかったがいつの間にか部屋には大洋の他に三人が揃っているらしい。なにやら二、三言葉を交わしていたかと思うと、唐突に腕を掴まれ乱雑に引っ張り上げられた。


「おら、とっとと立ちな」

「……コイツ臭えぞ、吐いたのか? 近づけるなよ」

「知るか。黙ってろ」


 勢いよく引っ張られたからか、ぐわんと脳が揺れて足がもつれた。辛うじて吐くのは耐えたが、目隠しもあってどこに力を入れれば良いのか分からない。苛立つ男の舌打ちにまた肩が跳ねる。


「おい、そっちを持って立たせろ」

「なんで俺が」

「うるせぇ、早くしやがれ」

「嫌だね。臭えのが移るじゃねぇか」


 なおも言い争う男たちに、さっさとしな! と女の鋭い一喝が飛んだ。


「何回も同じことを言わせるんじゃないよ、あんたたちは。これ以上グズるってンならもう二度と取引しないよ」


 ここに来て女も苛立ちはじめたらしい。その声がいよいよだと知らせるようで、一旦は突き抜けたはずの恐怖が再び大洋を蝕みだした。

 男たちに半ば引きずられながら歩く。その先にはきっと何もない。アルドの頼もしい姿も、パウラの温かい料理も。少女のあの、きれいな水色の眼差しも。あるのはもう、ただの暗い穴だけ。――そんなのは、嫌だ!


「あっ、てめぇ!」


 精一杯の力で男たちの腕を振り払う。弱りきった姿に油断していたのだろう、腕は簡単に振りほどけた。目隠しはされていても光はなんとなく分かる。かすかなそれを感じる方へ向かって、大洋は必死に足を動かした。逃がすんじゃない、と女が叫ぶ。


「クソガキが!」


 多分、蹴られた。後ろからの強い衝撃を受け前へ、飛ぶように倒れ込む。真っ向から頭で打ち当たったのは扉だったらしい。粗末な建て付けだったのだろう、たったそれだけで扉は外へと開いた。まだ、運は大洋を見放してはいない。痛みも忘れ、新しい空気を胸いっぱいに吸い込み、大洋は叫んだ。


「――っ、誰かぁッ!!」


 喉が焼ける。怒号が飛ぶ。背後から何かがのしかかるような気配があった。しかし、それ以上の怒りを含んだ空気が正面、外から目の前まで迫ってきていた。

 ぶぁ、と熱風が大洋の髪を巻き上げ、一拍おいて次、爆風がすべてをさらっていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る