第12話
少し胡散臭い風体の男が案内した店では、他より多少マシな毛皮を手に入れることができた。意外なことに。全員に行き渡るには足りないが、時期的にもまだ余裕はあるし旅の道すがら探せばよいだろう。もっと北に進めば需要は増えるが供給も期待できる。
いつもより出発が遅くなったので野宿は免れないだろうが、昨夜はきちんとした寝床で眠れたし体力には問題はない。預けていた荷物とロバもどきを回収するため宿へ向かうと、奥から昨夜の料理人の男が顔を出した。
「昨夜は助かった。かなりいい肉だったみたいだな」
律儀なことだが、いかにもぶっきらぼうな男の飾らない礼に悪い気はしない。パウラが頭を下げた。
「こちらも助かりました」
「だがあれだけじゃ割に合わんだろう。これから出るんなら野宿になる、薪でも持って行ってくれ」
「そんな、」
遠慮したが、職人気質の男は譲らない。多少やり取りした後、あまり強く固辞するのも悪いかと結局受け取ることになった。ありがたいのは確かだし、と。大した量ではないからとアルドが男について薪小屋へ向かい、その間に宿を出て荷物をまとめる。先ほど購入したばかりの毛皮を詰め込んでいると、ついでにパウラが水を足しておきたいと革袋を手にした。街の井戸は誰でも使えるが、それにも穢れは混じっている。口にするものはいつも念のため少女が祈りの力で清めるのが常だが、公共の井戸は常に利用者がいる。目立つのはあまり良くないだろう。
「宿の裏手にも、小さい井戸がありましたよ」
「ええ、確かに。ですが……」
パウラが迷うように大洋と革袋を見比べる。大丈夫ですよ、と少しだけ少しだけ強く大洋は言った。
「アルドさんも、じきに戻ってくるでしょうし」
そう言って半ば無理やり送り出す。なおもパウラは悩んでいたが、水の確保の方が重要だと判断したのだろう、すぐ戻りますからと言い置いて宿の裏手へ足早に向かった。すれ違い様、ちらと少女が大洋の顔を見る。ほんの一瞬だったが、間違いなく目が合った。少女もまた大洋を一人おいていくのにためらいでもあったのだろうか。
パウラはともかく、少女にまで守る対象と思われているのだとしたら情けない。情けないが、だがもしもその通りだとしたら、少し意外だなとも思った。今まで徹頭徹尾周囲に無関心な様子だった少女に、多少なりとも気持ちの変化が起こったということではないだろうか。内容はどうあれ、自分に興味を持ってくれたなら、ちょっとは嬉しいかもしれない。大洋は一人照れくさい気持ちになって頭をかいた。
そんな風に自分に都合のいい想像をしてどうしても上がってしまいそうになる口の端をむにむにと誤魔化している時に、よぅ、と突然後ろから肩を叩かれ大洋は驚きのあまり飛び上がった。
「……また驚かせちまったか?」
弾かれたように振り向いた先にいたのは、先ほど大洋たちが毛皮を買った店の男だった。二重に驚いて大洋がコクコクうなずくと、男はやはり胡散臭いながらも相好を崩して笑って大洋の肩を軽く叩いた。
「そりゃ悪かったな。ちょうど良かったと思ってよ」
「ちょうどいい?」
「毛皮だよ、毛皮。お前さんたち、あれじゃ足りねぇって言ってたろう。仲間に聞いてみたら、ちょいとばかり融通してもらえそうなんだよ。見に来ねぇか?」
本当ですか、と思わず意気込んで尋ねれば本当だとも、男は胸を張る。彼を挟むなら話も早いはず。だがしかし、
「でも今仲間たちがちょっと外していて。僕もその、今は手持ちがなくて」
「そこらの奴に言付けといて、後から来てもらやいいさ。買う買わないもその時決めりゃ良いから、とりあえず見に来て欲しいんだよ」
「うぅん……」
「ここらじゃまぁまぁの掘り出しモンだと思うぜ。あんたらは金払いも良さそうだからってんで、俺も少しばかり無理言ったところもあってよ。顔、立てると思ってさァ」
頼むよ、と拝まれて無下にできるほど大洋も不人情な人間ではない。あとで怒られそうだな、と思った時には、既に気持ちは決まっていた。ここでまた良い毛皮が手に入れば、皆が助かるはずだから。悪い話じゃない。
「……じゃあ、とりあえず行くだけ」
男が嬉しそうに大洋の背を叩く。そうこなくちゃなどと言って笑うものだから、買うとは決めてない、見てみるだけだと何度も念を押すが、男は分かってる分かってる、と笑うばかりだった。
外見は胡散臭くてもきちんと良いものを売ってくれる男らしいが、随分とお調子者らしい。商売人だったらこんなものなのだろうか。あまりに愉快そうな様子に大洋もそれ以上は言えず、本当に分かっているのかな、と半ば呆れ、半ば不安を覚えながらため息をつく。まぁちゃんとした商品を売ってくれるなら良いんだけど、と。
そしてたどり着いた仲間の店とやらでようやく理解したのだった。分かっていないのは自分だったのだと。
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