第11話

 気を取り直して毛皮の物色を再開するが、なかなか良い物は見つけられなかった。今が暑い季節であることを差し引いても、数は少ないし質も良くないらしい。傍について見てはいるものの大洋にその良し悪しが分かるわけもなく、品定めや店との交渉は専らパウラとアルドがこなしている。少女もだが、大洋は物の数にも入れられてない。


「……ないもんなんだね。毛皮って」


 あまりの手持ち無沙汰に意を決して少女に話しかけてみる。パウラに聞きとがめられないよう小声で。聞こえるかどうか不安だったが、果たして反応はあった。


「仕方ありません」

「仕方ないって、どういうこと?」


 パウラやどうぞ気安く、と言われたアルドに対してもいまだ敬語が抜けきらない大洋だったが、少女には自然、砕けた調子で話しかけることが出来る。二人に比べて年が近いこともあるだろうし、頭一つ小さい少女が、どこか妹と重なって見えることもあるだろう。

 もっとも三つ下の妹はこんな美人ではないし、こんなに大人しいわけでもない。小さい頃は大洋の後をどこまでもついて歩く可愛気もあったが最近は特に生意気盛りというか、やたら口喧しくツンケンしている。同級生の女子はもう少ししおらしい気がするが、彼女らにしても家で身内にする態度は厳しいものなのかもしれない。妹も外面は良いタイプである。それでも大洋にとって妹はどうしても可愛い妹であるし、庇護対象だ。産まれたばかりの彼女を抱いた時に感じた、自分が守ってやるのだ、という思いがあまりに強かったためだろうか。兄としての自覚というよりは半ば刷り込みのような気もするが。


「まともな獣が減っているのです。代わりに、魔獣が増えている」


 妹より遥かに美しく儚そうな見た目で、しかし元いた場所では聞いたこともないような冷たく感情を含まない声で、視線はパウラとアルドの方へ向けたまま、少女は続ける。


「魔獣を仕留めるのは容易ではありません。毛皮に傷をつけないことは、更に難しい」


 少女が言うことは大洋にも理解できた。宿の、厨房の男も言っていた、村の近くで捕れる獣の魔素が多いということの証左でもある。アルドならば普通の獣であろうと猛り狂った魔獣であろうといとも簡単に始末してしまうが、それは抜きん出た実力を持つアルドだからこそ為せる技であり、そこいらの猟師や剣士崩れがおいそれと真似出来るものではないだろう。


「それってつまり、それだけこの世界の穢れがひどくなってる、ってことなのかな……」

「はい」


 迷いも恐れもなく少女は答える。

 たくさんの出店を見て歩きながら、乏しいのは毛皮だけに限らないのだとは大洋にも分かった。肉も野菜も、売り物の数は少なく、求める人は多く。水や土や、あらゆるものが穢れだしているという長老の言葉は確かなのだ。


「……じゃあやっぱり、早く聖地の、始まりの地ってところに行って、祈らないと駄目だね」


 深い考えがあって口にしたわけではなかった。会話が終わる名残惜しさや気まずさをごまかしたくて、なんとはなしにこぼれ落ちたのだった。本心でもあった。困っている人がいたら助けるべきだという、ごく普通の道徳心の。

 大洋のそれを聞いた少女も特に何一つ揺らぐことなく、また、はい、とだけ答えた。眼の前で品定めをしていたアルドが振り返り、交渉不成立を肩をすくめて知らせてくる。そのまま隣の屋台に移ると指さした。パウラと揃って少し横へ移動するのを眺める。元と同じ沈黙が、少女と大洋、二人の間に落ちる。いつも通りの沈黙のはずだが周囲の賑やかさが返ってそれを浮き彫りにするのか、なぜか大洋はひどい居心地の悪さを感じていた。何か気の紛れる話でもしようと思ったが、これが案外思いつかない。


「ちょいと良いかい」


 後ろから声が聞こえた。最初それが自分に向けられたものだとは気づかずその場で突っ立ったままだった大洋だが、再度声が上がり、肩を叩かれ驚いて振り返った。


「驚かせちまったか、悪いな」

「……いえ、気づかなくてすみません」


 大洋の父親と同年代くらいの男だった。邪魔だったかと脇に避けようとすると、いやいや、と男がそれを制する。


「ちらっと聞こえたんだが、兄ちゃん、毛皮探してんのかい」

「はい、まぁ」

「良いのあるぜ、見るか?」


 そう言ってどこというわけでもなく漠然と自分の後ろを示して見せる仕草に、怪しいな、と大洋はまず思った。普通の呼び込みとはどこか違う。この世界では、そして多分元いた場所においても年若くて世間知らずであろう大洋だが、それでもなんとなく察せられるものがあった。その警戒心が男にも伝わったのだろう、薄っすら口の端に上らせた笑みが胡散臭さを助長する。及び腰の大洋に構わず男は更に詰め寄った。


「そっちの嬢ちゃんも、どうだい」


 大洋と違い目立つ外見の少女は、街中ではフードを頭からすっぽりと被っている。問いかけられても少女は返事をしないどころか、大洋の影に隠れるように一歩下がった。わずかに細くなった男の視線から逃れたくて、大洋は咄嗟に声を上げる。


「仲間も探してるんですよ」


 アルドさん! と偉丈夫の護衛の名を呼ぶ。自分の無力は自覚済みだ、虎の威を借るのに躊躇はない。果たして目論見通り、毛皮の品定めをしていたアルドが振り返って足早に駆け寄った。


「どうかされましたか」

「えっと、この人が、良い毛皮があるって……」


 アルドも旅装束として分厚いコートを羽織っているが、腰に差した長剣は誰の目にも明らかだった。大洋も背は低くないが、厚みが違う。見るからに腕の立ちそうな風格で、アルドは朗らかに声をかけてみせた。


「それはありがたいですね。一度見せてもらえますか?」

「あ、ああ……。こっちだ、ついてきなよ」


 アルドの無言の迫力に気圧され、男がそそくさと身を返す。毛皮の話は本当だったらしい。半ば嘘だと決めつけていた大洋は少しばかり申し訳ない気がしたが、横に立ったアルドがそっと肩に手を置いて褒めるようにうなずいてみせたことでホッと息を吐いた。後ろに続く少女と、またパウラまでもが同じようにうなずく。こちらは変わらずの仏頂面ではあるが、初めてパウラに認めてもらえたかのような気がした。やはり自分の判断は間違っていなかったのだ、と。

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