旅、負い目、兆し
第6話
始まりの地と呼ばれる聖地へ向けて、出立は次の朝となった。
大洋が旅立ちを承諾してからわずかなうちに、準備はあっという間に出来てしまった。気が変わらないうちにとでも言うかのような早さに戸惑うものの、もともと身一つしかない大洋自身の準備などたかがしれているし、少女たちにしても簡素なものだった。
守り人である少女と大洋と、それに同行するのは護衛のアルドと、パウラという名の侍女。
「アルド様には及びませんが、私も多少は使えます」
パウラと顔を合わせたのは旅立ちの朝になってからだった。
そう言いながらくすんだ風合いのマントの下に隠し持っている短剣をちらりと見せる。声も眼光もどこか刺々しく、あまり良い印象は持たれてなさそうだと大洋は悟った。少女も少女で、悪感情はなさそうだがかといって好意的でもなく、何を考えているのか分からない。出発前からこれからが思いやられる。
「動きに問題はございませんか?」
アルドが幾分気安く話しかけてくれるのだけ、唯一の救いだろうか。
出立にあたり、大洋はそれまでの黒い学生服からこの地の衣類に着替えていた。麻なのか木綿なのか、着るものに頓着しない大洋には詳しく分からないが硬い肌触りの、丈夫さだけが売りと言った代物であった。
「多分大丈夫です、ありがとうございます」
元より大した身体的特徴のない大洋は、服を着替えれば没個性、すっかり周囲に溶け込み違和感がない。この地では一般的なものなのだろう、変に目立つこともなければ動くのにも支障はなさそうだった。
腕を上げ下げしながら礼を言った大洋に、アルドが守り人様、と少しだけ困ったように眉を下げた。
「私めにそのようにご丁寧な、お気を遣われる必要はございません。畏れ多うございます」
「え、でも」
「どうぞ気安いもので。私は貴方様の護衛であり、従う者です」
「……守ってくれる人に、そんな態度はとれませんよ」
「しかし」
守り人という存在は、この天の世に住まう人たちにとっては殊更特別なものらしい。救い主というならばそれももっともかもしれないが、ここでは高い身分だろう長老たちがまず下にも置かない扱いだし、すれ違う人は畏まりきってしまいろくに会話も出来ない。アルドもまた例外ではなく、生まれてこの方庶民以外の何ものでもなかった大洋にとって座りが悪いことこの上なかった。
「じゃあ、アルドさんも気軽にしてくれれば」
「それは」
「もうちょっとだけ。せめて、名前にしてもらえませんか」
「名前?」
「守り人様、じゃなくて。
「……では、マサヒロ様」
困った眉のままほんの少しだけ口の端を上げて見せる。これぐらいが互いの落とし所だろうか。
「ただ、長老様方の前ではご容赦下さい」
年を取ると頭が固くていけませんので。
こっそり呟かれた内容に吹き出すと同時、大洋はここに来て一番安堵を感じていた。
出立の朝は早い。夜は明けきっておらず、頬を刺す空気も冷たい。目指す聖地、北の山とやらを探したが、薄暗さもありはっきりとは分からなかった。
この世界は平たいな、と大洋は思った。今いる場所は周囲よりも少し高所なのだろう、見下ろす形になる先には街らしきものもあるが、目立つ建物はないし数も多くはない。それよりは深そうな森が気になる。現代世界でぬくぬくと育った大洋には、サバイバル経験どころかキャンプの知識すらろくにない。
「ご心配には及びません」
不安がる背中に、アルドが太く響く声をかけた。
「必ず聖地までお連れします」
一陣の風が大洋に、アルドに、少女にも侍女のパウラにも吹きつけた。一瞬ながらその強さにたたらを踏む。ろくに遮るもののない大地を、びょうびょうと声を立てて風は走っていった。
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