第3話
石造りの祈りの間とやらからすぐ隣、そう広くはない空間に移されてようやく呼吸が出来る思いがした。広くはないと言ってもただの比較の話で、大洋の通う高校の教室くらいはある。机と複数の椅子だけが置かれ、部屋の片隅に大洋の視線の高さほどの戸棚が一台。他に装飾品のひとつもない粗末さだが、掃除は行き届いているのだろう、不潔さは感じられない。
丁寧に促されて椅子に腰掛ける。他が立ったままでは居心地が悪いと思っていると、そこは大洋の意図を汲んでくれたのか内の一人、先程大洋に話しかけてくれた人物と少女が大洋の正面に腰を下ろした。
「改めて、お渡りに感謝申し上げます。守り人様」
深々と下げた頭の少々寂しい白髪の様子に祖父と同じくらいの年頃だろうかと思っていたが、改めて聞いたその声は思いの外張りがあって瑞々しい。多分この中で一番偉い人で代表者なのだろう、と大洋は当たりをつける。
となると疑問を覚えるのはその隣に座る少女だ。大洋の正面に座る人物もその傍らに控えている者たちも皆似たような年格好であり、性別も年齢も、彼女だけが浮いている。恐らくは大洋自身と同じくらいの年齢だろうに、どこか他の四人から敬意を払われているようにも見える。
「……すみません、まだ良く分からなくて。さっき説明してもらったんですけど」
少女のことは気になるものの、それよりも今は己のことだ。幾分力を込めて大洋が言えば、代表者らしき人は構わないという風に、静かに首を振った。
「なんなりとお尋ねください」
それではとばかり先ほどからの疑問を矢継ぎ早に投げかけたが、しかしなかなか理解は進まない。
ここはどこか? 天の世、中央大陸の西、聖国、の一画。
地球ではないのか? ではない、と思われる。地球というものを我々は知らない。
何故自分はここに? 我々が呼んだから、と思われる。
どうして? この天の世を救うため。
「世界を救うって……、僕がですか?」
そんな馬鹿な、というつもりで口にしたが、返ってきたのは重々しい肯定だった。
「この天の世をお救いくださいと、我らの祈りに応えてこちらへお渡り下さった。それこそが守り人様たる、何よりの証でございます」
「いやっ、でも、そんな……、守り人様ってなんなんですか。世界を救うなんて、僕、そんな凄いこと出来ませんよ。普通の人間なんです」
「ご自身に分からずとも、貴方様は間違いなく守り人様でございます。我らが分かっております」
いかにも偉い人、頭の良い人、学者然とした風貌の相手だが、いよいよ怪しいぞと大洋は背中に嫌な汗が流れるのを感じた。話している言葉は分かるのに意味が分からない。他のメンバーも無言で肯定を示すのみ、誰もそれ以上に説明しようという気配すら見せない。少女に至っては説明が始まってすぐ目を閉じてしまい、欠片も興味なしといった風である。
大洋は、自分がこの場において異物であることをひしひしと感じた。
何一つ分からない。しかし何を尋ねればいいのか分からないし、何を聞いても納得できる気がしない。
「守り人様におかれましては、急なこと困惑なさっているでしょう。無理もございません」
言葉を止めてうつむいてしまった大洋の姿に、相手もいくらか察したのだろう。それまでよりも少し声に気遣いをのせて相手は言った。
「落ち着かれるまでどうぞゆっくりとお過ごしください。休める場所にご案内いたします」
その言葉に縋るように視線を上げる。眉も下がりに下がって、さぞかし弱りきった情けない顔をしているのだろうが、どうしようもない。休みたい、と切実に大洋は思った。落ち着くかどうか分からないが、とにかく一人になりたかった。
変わらぬ顔ぶれを引き連れて案内されたのはまたもう少し狭く、もう少し粗末な造りの部屋だった。しかし机と椅子の他にベッドが据えつけられており、これなら確かに休むことはできそうに思えた。
困ったときではいつでも呼ぶようにと言われそれにうなずいたあと、扉を閉めるなり大洋はベッドに倒れ込んだ。いつも使っているものとは比べ物にならないほど硬くて思わぬ不意打ちを食らったが、それも一瞬で忘れる。
――なんだっていうんだ、一体。
次の瞬間にはもう、大洋は意識を失っていた。
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