第2話

 まだどこか頭の奥にぐらつきを覚えながらも身を起こすと、そこで用は済んだとばかり、つないでいた手はあっさりと離された。消える温もりが惜しく、それを目で追ってはじめて、大洋は自分と少女の他にも人がいることに気づく。

 教会のような建物の一番奥、石造りの祭壇らしきものの上に寝ていたらしい。それを囲むのは少女を含めて五人。皆一様に白く長い衣装を身につけ、いかにも外国の聖職者といった風であった。真っ黒い学生服の自分と対称的な、白いばかりの周囲に目が痛くなる。

 誰も口を開かないからか、騒がしいと思っていたはずの周囲は今は静まり返っており、少女も他もこちらを見てはいるが微妙に視線が合わない。


「……あのぅ、すいません。ここは……?」


 恐る恐る大洋が尋ねると、さざなみが広がるように少女以外が身じろいだ。もしかして言葉が通じないのだろうか。


「ここは聖国の最奥、我らが祈りの間でございます。守り人様」


 少し置いてからその内の一人、白髪の男性が意を決したように一歩前に進み出て答えた。


「聖国の、祈りの間……。もりびとさま?」


 言葉が通じたことに安堵するものの、返ってきた答えの意味がわからない。首を傾げた大洋の意図を汲んでか、相手は言葉を重ねる。


「聖国は大陸の西に位置する、この世の清きを保つ国。祈りの間はその名の通り、我らが祈りを捧げる空間でございます」

「はぁ……。じゃあ、もりびとさまというのは?」

「貴方様にございます。この天の世と対なる地の世より遣わされた、救い主の片割れ……」

「彼の地からのお渡りに心より感謝申し上げます。どうか、我らをお救いください」

「どうか、守り人様」


 どうか、と大人たちが次々に大洋のもとに跪く。見ず知らずの、それも大の大人たちに詰め寄られてうろたえる他ない大洋は、一人平然としている少女に視線で助けを求めたが、残念ながらそれは正しく伝わらなかったらしい。


「どうか」


 落ち着き払った表情のまま、少女もまた大洋へ膝を折った。ゆったりと美しい所作に、これが流れるような動作というものだろうか、とのんきに大洋は思う。ただ実のところそれは、現実逃避以外の何ものでもなかった。

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