第8話 遠い記憶

「マスター。アップデートが完了しました」


 機会音声を聞いた俺とノア師匠は、お互いに目を見合わせた。


 師匠は顎をクイッと動かし、俺に階段を登るように促した。


 どうやら、一時休戦のようだ。


 階段を登り、台座の前に立つ。

 台座の上にはくるくる回るブレスレット、シルバの姿が見受けられる。


「マスター。お待たせしました」


「気にすんな。クソジジイと喋ってたからそんなに長く感じてないから」


「おい、悪口ガッツリ聞こえとるんじゃが」


 俺はシルバを左手首に装着する。 

 一時間ほどしか経っていないけど、左手首にブレスレットがあるのを少し懐かしい。


 そう思っていられたのもつかの間、シルバが変形を始める。

 ブレスレットは溶けるようにして無くなり、何本もの太い針に変形した。


 ……なんか見覚えあるんですけど。


「あの、シルバさん……。すっごく嫌な予感がするんですけど……」


「マスター。痛いのは一瞬です」


「やっぱりぶっ刺すのね!?」


 悪夢が蘇る。

 初めてシルバを左手首に着けた時もこんなだった気がする……。


「……勘弁してください」


「無理です。マスターの体内のマイクロチップをアップデートに伴い交換します」


 ふう。

 落ち着け俺。

 気絶するほど痛かったが、今度は心の準備ができる。


 深呼吸だ。

 リラックスして……


「では始めます」


 極太の針は回転を始め、俺の左手首に突き刺さった。


 骨の削れるような、嫌な音がする。


「まだ心の準備の途中でしょうがああああああああああ!

 いでえええええええええええええええええええええええええ!」


 痛い痛い痛い痛い!


 ふざけんなマジで!


 あ。なんか見える。


 ハハハハハ。もう無理。


 のたうち回る俺の意識は、またしてもシルバによって奪われた。






* * * * * *






 意識がはっきりとしてくる。


 体の感覚に何か違和感を覚えるが、そんなことよりシルバだ。


 あいつ、俺の扱い雑になって来てる気がする。

 猛抗議してやるマジで。


 そんな思いで俺は目を開けた。


「は?」


 俺は一回目を閉じた。


 ふう。


 んで、もう一回開けた。


「なんで、ビルあるの?」


 そう。俺はビルが並ぶ街の中にポツンと立っていた。

 日本で見られるような、高層ビル。

 それがいくつも連なっている。


 森の中にいたはずじゃ……。


 もしかして、日本に戻った……?


 一瞬そんなことも考えたが、その可能性ゼロであることに俺は気付いた。


 車が空を飛んでいるのだ。


 車と言っても、タイヤは付いていないみたい。

 ボディーだけが空を飛んでいる。

 しかも大量に。

 よく見てみれば、しっかり人が乗っている。


 それだけじゃない。

 街を歩く人々は何かをいじりながら歩いている。

 しかし、それはスマホではなく、訳の分からない文字が並んだ魔法陣だった。


 もしかして、もう一回転生したとか?


 いや、幻覚でも見てるんじゃ?


 こういう時は、体に痛みを与えるのが定石だ。


 俺は、ほっぺたを思い切り引っ張ろうとした。


 しかし、できなかった。


 俺の手は、俺の顔をスカッと通り過ぎた。


 よくよく見てみれば、俺は服を着ていない上、体は透明だった。


 多くの人達が俺の目と鼻の先までの距離に近づくが、目が合わないどころか俺を見向きもしない。

 俺は裸でいるにも関わらずに。


 両手で目を塞いでも、景色が変わらない。

 俺の体は輪郭こそおぼろげに確認できるが、透けている状態だ。



 俺は今、幽霊的な感じなのか?


 えー?


 意味わからないんだけど……。


 俺は目を瞑って、頭を抱える。

 もちろん、俺の体に実体が無いため頭を抱えることは出来ない。


 もう頭がパンクしそうだ。


「はぁ」


 なんで俺ばっかこんな目に合うんだよマジで。


 ため息をしながら目を開けると、再び景色が変わっていた。


 オフィスだ。

 一瞬、そう思った。

 なぜなら、高校の教室1~2個分の空間に、日本で見慣れたパソコンに似た機械が大量に並んでいるからだ。


 しかし、よくよく見てみると、何やら見たこともないような大きな機械や、戸棚に詰め込まれた大量の分厚い本。それに加えて、机の上に散乱した大量の紙。

 そして、白衣を着た人間達が、パソコンと向かい合っていた。

 目視で確認すると、五人ほどの人間がここで働いているみたいだ。


 何かの研究室?

 そう思った。


 俺の目の前を難しそうな顔をしながら、通り過ぎていく。



 どうやらここでも、俺の存在は分からないらしい。


 彼らの会話が聞こえてくる。


 銀色の大きなドーナツ型の金属の塊の前に、白衣を着た人間が集まっていて会話をしているようだ。


 俺の目には、白衣を着たイケメンの青年が一人映る。

 それ以外の人間はすべて女性だった。


 ……ハーレムじゃないか! クソッたれ!


「そう、うまくはいかないな」


 青年がそう呟くと、周りの若い女性たちは同調するように頷く。


「そうねェ。性能の向上はかなり進められたけど、どうしても小型化がネックよね」


「でも、小型化すると武装を幾つか捨てなきゃいけないし……」


「うーん。小型化も必須だし、複数の武装も必須だよね」


 その後も青年と複数の若い女性たちはドーナツ型の金属について改善案を出して話し合いをしていたが、途中から専門用語と思われる難しい単語がいくつも聞こえてきて、理解が出来なくなってしまった。


 真剣な話し合いは、勢いよく開けられた扉の音で中断させられる。


「アラン! 研究は順調か!」


 勢いよく扉を開けたのは、赤髪の女性だ。

 顔には大きな傷が一つあるが、その体は引き締まっており、鍛え上げられたものであると分かる。


 そして白衣ではなく、茶色をベースにした軍服のようなものを着ていた。


「レイナか。あまり順調とは言えないね」


 アランと呼ばれた青年は、少し申し訳無さそうな笑顔を浮かべる


「レイナには感謝してるよ。

 君が、僕らを守ってくれているから研究が出来ているんだ。

 必ず完成させるよ」


「べ、別にお前の為にやってるんじゃ無いからな!

 勘違いするなよ! 上の命令だからだ!」


 レイナと呼ばれた女性は、頰を赤らめ、プイッとそっぽを向く。その屈強な体からは想像もできない表情だ。

 だか、アランと呼ばれた青年にチラチラと目が向いてしまっている。


 本人は見ないようにしているんだろうが、目が完全に引き寄せられてしまっているらしい。


 ……コテコテのツンデレだなおい。

 やっぱり、アランとかいうやつハーレム状態じゃないか!


「さて、みんな! 

 今話し合った事を基に、もう一度作製してみよう!」


 青年以外の白衣を着た女性達は、各々の持ち場に戻っていく。

 ある者はパソコンと向かい合い、またある者は金属の加工を始めた。


 レイナはアランの隣に並ぶ。


「アラン。お前を含め、ここにいるのは全員世界中から選りすぐった天才達なんだろ? 

 そんな天才達が集まって何をしてるんだ?

 上司からは、その理由まで聞かされていないんだが」


 数秒の沈黙の後、アランは、巨大なドーナツ型の金属にそっと触れる。


「これは鍵だよ。この絶望的な世界に抗うための。

 その為に僕たちは、命を賭けて完璧に完成させるんだ」


 レイナは首をかしげる。


「……絶望的? 小さな紛争はもちろん続いているが……四度目の世界大戦はもう100年も前に終わってるぞ。

 今は歴史的に見れば、かなり平和な時代だと思うが……」


「平和なのは今だけさ。いずれ分かる」


 そして、アランはドーナツ型の金属から手を離すと、俺の方を見た。


 ……目が合う!?


 おかしいだろ!?


 俺の姿は見えていないはずじゃ!?


 実際にレイナは、アランがいきなり誰も居ない空間を見つめている事に、首を傾げている。


「だから……すまない。……君も命を賭けてほしいんだ」


 そう言ったアランの顔は、申し訳なさと悲しさがぐちゃぐちゃに混ざった、そんな笑みを浮かべていた。



「どういうこと……」



 俺の言葉は届かない。


 意識は暗転する……。






* * * * * *







「……スター。マスター。聞こえますか?  大丈夫ですか?」


 聞き慣れた機会音声で、俺の意識は覚醒した。


「ああ。聞こえるが、大丈夫じゃないぞ。誰かさんがまた手首に針ぶっ刺したおかげでな」


「ですが、ああしなければマスターはずっと拒絶して、面倒なことになることが予測されたので仕方なく」


 ……確かに。

 あんな痛いの、来ると分かってても耐えられるもんじゃないな。


「さて。ようやくユウジの目が覚めたところで……シルバよ。お主に聞きたいことがある」


 シルバに?

 ああ。なんか俺を弟子にした一番大きな理由がどうとか言ってたっけ?


 ノア師匠は、台座を半円を描くようにして取り囲んでいる、六つの巨大な扉の前に立つ。


 そして、そのうちの一つを指差した。


「この扉に書かれている文字について知りたいんじゃが、水についてじゃな?」


「ええ。水の試練についての記述があります。

 ……何故文字を理解できないあなたが分かったのですか?」


「どうやら当たりのようじゃの」


 そう言うと、ノア師匠は俺の方を見てニヤニヤしだした。


「なんです?」


「いやぁ。お主、相当面倒なことに巻き込まれよったぞ。

 やはり、ワシの弟子にして正解じゃ」


 面倒な事?

 なんか気になるが……。


「なあシルバ? なんでさっきから、ブルブル振動してんの?」


 携帯に電話が掛かってきた時みたいに。

 まあ、俺に電話なんて掛かってきたことないけど。


「ちょうどマスターにお伝えしたいことがありまして」


「伝えたいこと?」


「はい。私との契約は覚えていらっしゃいますか?」


「ああ。覚えてるぞ。なんか探し物があるってやつだろ?

 でも、さっきのメモリーチップってヤツが探し物なんだろ?」


 あれ?

 探し物見つかったってことは、もうシルバとの契約終わりなのか?


「はい。ですか、この6つの扉の向こうにもメモリーチップが存在します。それを手に入れなくてはなりません」


「そうなのか。じゃあ、開ければ良くね? シルバこの扉開けられるんでしょ?」


「この6つの扉を開けることは出来ません。これらの扉を開ける為にはどうやら鍵が必要なようです」


「じゃあその鍵を探せば良いわけか……」


 でも鍵って言っても、どこにあるかも分かんないし、この扉鍵穴なんて存在しないし、訳わかんないな。


「シルバその鍵が何なのか、どこにあるかとか心当たりあるの?」


「申し訳ありませんマスター。心当たりはありません」


 マジか。


 鍵を探すって言っても、その鍵ある場所はおろかその鍵自体も分からないのか……。


 俺が頭を悩ませていると、ノア師匠から声が掛けられる。


「ワシは分かっておるぞ。鍵の正体と場所がのォ」


「そうなのですか?」


 俺よりも先にシルバ反応した。

 やっぱり自分の探し物なだけあって、かなり気になっているみたいだな。


「よく観察してみることじゃ。少し大きな窪みが全ての扉にあることがわかるじゃろ?」


 俺はノア師匠の誘導のまま、扉をよくよく観察してみると、確かにそれぞれに一つずつ窪みがあった。


「その形状、そしてさっきシルバ言っておった、水の試練というキーワード。

 これから考えるに、この扉の内の一つについての鍵は、世界六大迷宮ダンジョンのうち、水に関連するヴァダサマキの迷宮核ダンジョン・コアであろう。

 このことからおそらくじゃが、残る5つ扉も、それぞれ六大迷宮ダンジョン迷宮核ダンジョン・コアがそれぞれ対応するはずじゃ」




 迷宮ダンジョン!?




 ゴリゴリの異世界っぽいキーワードだな。


 でも、迷宮核ダンジョン・コアなんてものは聞いたことがない。


「この6つの扉の向こうにあるものが欲しいのなら、お主とシルバはこの六大迷宮ダンジョンを攻略せねばならない。

 これがワシがお主、ユウジを弟子にしたもっとも大きな理由じゃよ。

 迷宮ダンジョンの攻略はお主が元の世界に戻るための技術、知識を発見できる可能性も大いに期待できるしのォ。

 六大迷宮ダンジョンは世界各国に数多く存在する迷宮ダンジョンの中でも難易度はかなり高いんじゃ。攻略するためには強くならねばならない。

 強くなるには、強い者に教わるのが効率がいいじゃろ? 

 なんと言っても、ワシは最強最高スーパーウルトラ……」


「もうその先は分かってるんで大丈夫です」


 もう何回も聞いていい加減ウザイから途中でぶった切ってやった。


 ノア師匠は少し不満げな顔をしているが、気にしてもしょうがない。


 俺は元の世界、日本に帰りたい。

 シルバはこの6つの巨大な扉の向こうにあるメモリーチップが欲しい。

 これを達成するためには、六大迷宮ダンジョンってやつを攻略しなきゃいけない。


 日本なんかだと、迷宮ダンジョンなんてゲームや小説の世界の話だ。

 なんだか面倒なことになりそうだが……ぶっちゃけ少し楽しみな自分もいる。


「ではマスター。今後の目標としては、六大迷宮ダンジョンの攻略ということでよろしいでしょうか?」


「だなぁ。それがベストだろ」


「ユウジよ。ワシに借金があることも忘れるでないぞ」


 ……もうすっかり忘れてたわ。


「他にも確認したい事や説明したいこともあるが……こんな湿気臭いところでやってもしょうがないしのォ。

 話のキリもついたところで、一旦帰るかのォ。ユウジよ。帰ったらさっそく修行じゃ」


「でも俺、魔力無くて魔法使えないですよ?」


「安心せい。シルバが居れば使えるんじゃろ?」


 ノア師匠はパチンと指を鳴らした。


「ワシの修業は厳しいからのォ。死なないように頑張るんじゃぞ」


 そんなセリフを残して、ノア師匠の体は消えた。


 ちょっと楽観的になりすぎていたのかもしれない。

 すごく嫌な予感がする。


 次の瞬間に、俺は洞窟から姿を消した。

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