第7話 探し物

突然視界が真っ白になったかと思ったら、再び俺の目の前には沢山の木々が広がっていた。


 森だ。

 小屋にいたかと思ったら、いきなりこれだよ。


 一体何が起こったんだ?


「さあ、こっちじゃよ」


 後ろを振り返ると、フード付きのコートを羽織った老人、ノア・ゲルハルトが立っていた。

 どうやら、今起こった瞬間移動らしきことについて説明するつもりはないらしい。


 そして、ノアの奥には既視感のある場所があった。


「ここは……洞窟の入り口?」


 何か見たことがある……。


 そうだ!

 子供のワニに追い掛け回されて逃げ込んだ洞窟だ!

 そして、シルバと出会った場所でもある。


「マスター。ここは私とマスターが出会った洞窟とは別のようです」


「え!? 違うの!?」


 入口のサイズや形がそっくりなんだけどなぁ。


「この森にはお主を見つけた近くにある洞窟以外にも、似たような洞窟がいくつか存在しておるんじゃ。ここも、そのうちの一つじゃよ」


 ノアはそういうと、早足で洞窟の中に消えて行ってしまった。

 まるで、新しいおもちゃを買ってもらった子供のように、どこか興奮したような表情をしている。


 まあ、ついていくか。

 俺の知っている洞窟と一緒なら、特に危険な生物はいないだろうし……。


 しばらくノアの背中を追うようにして、歩き続ける。

 ここまでは、俺がシルバとあった洞窟とそっくりなんだよね。

 壁には妙な緑色の光がともってるし。


 そして、開けた場所に出た。


 そして、また既視感のある物が目に入る。


「……また、この扉か」


 そう。俺がシルバと出会った洞窟にもあったものだ。

 あの時と同じように、訳の分からない文字が羅列している、一軒家ほどの巨大な扉だ。


 そして、ノアは俺の方に振り返ると、コンコンと扉を気だるげにたたいた。


「この、最強最高スーパーウルトラハイパーマックスデラックスイケオジ大賢者のワシでも開けることが出来ない扉じゃ。じゃが、ワシの予想が正しければそのブレスレット、シルバが開けられるはずじゃ」


 確かに、シルバは俺でも分からない扉に書かれていた文字を理解できていたし、その可能性はかなり高いだろうな。


「マスターの許可があれば可能です。この扉を開ける権限は起動時にマスターに譲渡済みです」


 いつの間にか譲渡されているみたいだが、相変わらず訳が分からない。

 まあ、開けられるらしいし、開ける以外の選択肢はないだろ。


「もちろん許可する。頼む」


「許可を確認。認証コード照合中……完了です。扉が開きます」


 あっという間だった。

 いとも簡単に、その巨大な扉は動き出した。

 ゴゴゴと地響きを立て、天井からは石や岩と思わしき個体がパラパラと舞う。


「……おお!」


 そんな興奮を隠しきれない声を漏らしたノアは、まだ扉が動いている途中にも関わらず、すぐさま扉の奥に消えていった。


 俺も続く。


 そこには、シルバと出会った時のように、階段の先に台座が一つ置かれていた。


 それだけではない。

 台座の奥には、さっき開けた扉よりも、更に巨大な扉があった。

 しかも、一つだけではない。

 台座を囲むように、半円を描き、六つの扉がそこには並んでいた。


 ノアは階段に登る様子はなく、奥の扉を興味深そうに顎髭をいじりながら眺めていた。


「マスター。台座に向かいましょう」


「でも、ノアさん待った方がいいんじゃない?」


「それよりも重要な事です。ここの扉を開いてから、一つの記憶が戻りました。

 あの台座の上にあるものが、私の探していたものです」


「マジかよ!」


 確か契約とか何とかで言ってたよな……。

 1・自立思考型特殊兵器GK77001は契約者に対しあらゆることに協力する義務がある。

 2・契約者は自立思考型特殊兵器GK77001の探している物の捜索に協力する義務がある。

 みたいなこと。


 この探し物ってやつが見つかったのか?


 ここから目を凝らしても、台座の上に何が置かれているのかは見えない。


 とりあえず階段登るか。


「ノアさん。なんかシルバの探し物があるみたいなんで、台座見に来ますね」


「構わんぞー」


 そう返事をしたノアは、何か考え込んでいるみたいだ。


 俺は階段を登る。

 階段といっても、十段かそこらだ。

 すぐに台座の目の前に着いた。


 台座の上には、黒い小さなチップのようなものが置かれている。


 なんだこれ?

 てっきり、シルバみたいなアクセサリーが置かれていると思ったんだけど……。


「マスター。私をメモリーチップに近づけていただけますか?」


「分かった」


 えっと、近づければいいんだよな?


 俺は、左腕を黒いメモリーチップとやらに近付ける。


 すると、シルバは俺の腕から外れると、ブレスレットの形を保ったまま、メモリーチップの周りを回転しながら浮き始めた。


「システムソフトウェアアップデートを開始します。一時間ほどお待ちください」


「一時間か。分かった」


 くるくると回転するシルバを台座の上に放置したまま、俺は台座の階段を下る。


 けど、不思議だ。

 一つの言語を理解するのに10秒ぐらいだったシルバが、アップデートに一時間かかるなんて。

 大型アプデなのかな?


「あの台座の上にあるものはなんじゃ?」


「なんか、アップデート用のチップみたいです。俺もよくわかってないですけど、あと一時間かかるらしいですよ」


「ふむ」


 ノアは扉が開いてから、ずっと眉間の皺を険しくしている。

 自称大賢者のこの爺さんも分からないことがあるみたいだ。


「ユウジよ。お主はこれからどうしたい?」


 そう、突然ノアが口を開いた。


「どうしたい、ですか?」


「うむ。これは短期的なものではない。お主がこの世界で生きていく上での目的じゃよ」


「……」


 今まではとにかく生きるのに必死で、何も考えてなかった。

 最終的に俺がどうしたいのか……。




 この答えをまとめるのには、時間を要した。

 だが、今決めた。


「俺は元の世界に帰りたいです」


「ほお。これまた珍しいのォ。異界の者は、元の世界にあまり帰りたがらない傾向があると文献には記載されているんじゃがのォ。理由を聞かせてもらえるかの?」


「そんな大した理由じゃないですよ。

 俺の親父、俺がまだ小さかった頃に失踪してるんです。その時から母さんは女手一つで俺を育ててくれました。

 母さんは警察官で、とても強い人です。精神的にも肉体的にも。

 でも、親父が失踪したときはまだガキだった俺が見ても分かるぐらい衰弱しちゃって。

 心配なんです。母さんには返しきれないくらいの恩があるから。

 旦那と息子が両方消えるなんて多分耐えられない気がします。だから、帰って無事だと、生きていると伝えたいです。

 それから、一人だけ親友もいまして。まだまだあいつとも喋りたいこといっぱいあるんで。今回の出来事とかも。

 だから、俺は帰りたいです」


「その気持ちは変わらんのか? この世界で恋人、家族が出来るかもしれんぞ?」


「変わらないと思います。まあ、そうなったら帰ってくる方法も探しますよ。あるかどうかはよく分からないですけど。そもそも、俺に恋人が出来るとは思えないですけどね」


「そうかそうか」


 ノアは少しだけ、何かを懐かしむような微笑みを浮かべた。


 そして、その目を真っすぐ俺に向けた。


「ユウジよ。お主を今からワシの弟子とする」


「え、お断りします」


「うむ! これからワシの弟子としてしっかり……なんじゃとォ!?」


 ノアは絶叫した後、開いた口が塞がらないようだ。


 いや、嫌だろ。

 助けてもらったとはいえ、最強最高スーパーウルトラハイパーマックスデラックスイケオジ大賢者とか自称してるヤバい爺さんの弟子にはなりたくない。


「こ、このワシの弟子になるのがどれほど素晴らしいことか分からんのか!?」


「そうですね。魅力感じないですね」


「クッ! 断るならば仕方がないのォ。言い方を変えるとするか」


 ノアは咳ばらいを一つすると、再び俺に言葉を投げかけた。


「ユウジよ。お主を今からワシの弟子とする。

 お主に拒否権は存在しない。

 もし拒否しようもんなら……借金に利息を大量に上乗せしちゃうもんねー」


「はぁ!? ふ、ふざけんな! 卑怯なことしやがって!」


 このジジイ、金で俺を脅してきやがった!


「ハッハハハ! これが大人の戦い方じゃよ!」


 いや、そもそもなんで俺を弟子にしたいんだよ!


 ハッ!

 ま、まさか……!


「お、俺の体目当てなのか……?」


 俺は腕で自分の体を隠すようにして、後ずさる。


「誰がお主の体目当てで弟子にするんじゃ! そんな趣味、あるわけないじゃろうが!

 そもそも! どうせ弟子にするなら、お主のようなパッとしない男よりも、貧乳美少女の方がいいにきまっておるじゃろうが!

 こっちにも事情があるんじゃよ事情が!」


「ふざけんな! 俺だって! シワシワのジジイより、大人な雰囲気のエロい巨乳お姉さんが師匠がいいわ!

 そもそも、異世界来てんのに、いつになったら俺は美少女に会えるんだよ!

 ブレスレットと、頭のおかしいジジイにしか会ってないんだけど!」


「この、最強最高スーパーウルトラハイパーマックスデラックスイケオジ大賢者、ノア・ゲルハルトに向かって頭のおかしなジジイとは失礼な!」


「その変な自称が俺が頭がおかしいって言った原因だよ!」


「ワシがイケオジで天才なのは事実なんじゃから仕方ないじゃろ!」


「いや、あんたイケオジ自称できる年齢じゃないだろ! オジサンじゃ無くてジジイだよ!」


「とにかく! お主がワシの弟子になるのは決定事項じゃ! 異論反論異議その他一切受け付けんからの!」


「んな無茶苦茶な……」


 マジでなんでだ?

 体目的でないなら一体何が目的なんだこのジジイは?


 けど、俺を弟子にするという意思はかなり固いみだいだし……。

 理由はさっぱりだが。

 大量の借金がある以上、しつこく断ると今後悪影響が出るかもしれないな……。


「分かりましたよ。だけど、理由くらい教えてくれてもいいんじゃないんですかね? 納得できないですよ」


 ノアは大きくため息をつくと、「仕方ないのォ」と悪態をつきながら、理由を話し始めた。


「元々はな、お主の借金返済のためにワシの知り合いの商人を紹介してやろうと思っておったんじゃ。異界の者はこの世界の人間よりも算術に優れていると文献にあるからのォ」


 算術に優れている……。

 まあ、日本人の俺は小学生のころから算数、数学とずっと勉強させられるもんな……。

 だから、俺には商人のとこでお金を稼がせるつもりだったってことか。


「じゃが、この場所に来てその考えを改めざるを得なかったのじゃ」


「なんでですか?」


「一番大きな理由は……お主のブレスレットのシルバが戻って来てからじゃ。あれに聞きたいこともあるしのォ。

 それ以外にもあっての……。

 実は、ワシは人の街に入ることが出来ないんじゃよ。昔いろいろあってのォ。

 故に、街を自由に往来できる人間が欲しかったんじゃ」


 なんか、きな臭い理由が聞こえて来たな。

 人の街に入ることが出来ないなんて、いったい何をしたんだ……。


 まさか……


「……性犯罪者だから?」


「誰が性犯罪者じゃ!」


「いや、貧乳美少女弟子にしたいとか言ってたし……」


 ガッツリ犯罪者予備軍発言してたんだよなぁ。


「い、いや、確かにワシの趣味はあまりよくはないが……。

 いやこの話題ワシが街に入れなくなった事とは無関係じゃから!」


 ほんとかよ……。


「師匠にそんな疑いの目を向けるでない!」


 ゲフンゲフンと咳ばらいをしたノアは、更に続ける。


「それに、お主のシルバとかいうブレスレットに興味があっての……。あれはとてつもない技術が詰まっておる。

 ワシは大賢者と名乗っているが、本業は魔術学者じゃ。学者として研究対象は近くに置いておく方が便利じゃろ? 手放すのは少し惜しい。

 分かったかのォ? お主がワシに様々な事を教わるだけではないんじゃ。ワシにもメリットがあることなんじゃよ」


 うーん。

 まあ、怪しいところがかなりあるけど、一応お互いにメリットがあるって話だろ?

 一番大きな理由はシルバが戻って来てからだっけ?

 それを聞かないと何とも言えないけど、俺はこの世界のことが何一つとして分からない。

 自称ではあるが、賢者だか魔術学者だか名乗ってるんだ。

 俺の為になるような知識を手に入れるチャンスだと思おう。


「分かりました。これから師匠として色々教えてください」


「うむ! よかろうよかろう! しかし、師匠だけでは少し物足りんのォ……。

 よし! これからはノア師匠と呼ぶように!」


「はい。ノア師匠」


「うむ!」


 どうやら、少し上機嫌になったようだ。

 ……なんかチョロい。

 これがジジイじゃなくて美少女や美人お姉さんならどれほど良かったことか……。


「まだ、シルバとやらのアップデートが終わるまで一時間ほどあるんじゃろう?

 時間を無駄に浪費することはもっとも避けねばならない事じゃ。

 さっそく、全ての魔術の基礎となる、4つの基礎魔術からじゃ。

 こいつらは複雑な魔法理論を必要とせず、制御も簡単でのォ。初心者にピッタリじゃ」


 あれ?

 もしかして、もう魔法の授業始まった?


 ……俺、魔力ないんだけど。


「ノア師匠。言いずらいんですけど、俺……」


「初心者なんじゃから失敗を恐れることはないぞ。挑戦あるのみじゃ」


 この人、全然俺の話聞いてねぇ。


「いや、そういうことじゃなくて……」


「とにかくやってみるんじゃ」


「いや、だから……」






* * * * * *






 俺がノア師匠の弟子になってから一時間が経過した。


 きっと今、俺とノア師匠の姿を何も知らない人間が見たら、絶対に師弟の関係にあるとは思わないだろう。


 なぜなら、俺とノア師匠はお互いに中指を立てあっていたからである。


「何度教えたらできるんじゃユウジ! お主才能無さすぎじゃ! そもそも魔力が無いってどういうことじゃ!」


「あんたが俺の話聞かねえからだろうが! 何回俺が魔力無いって言おうとしたと思ってんだよ!」


「言おうとしても意味ないんじゃよー。言わなきゃ伝わりませーん」


「小学生みたいな言い訳しやがってクソジジイが……」


 俺の額には血管がピクピクと浮き上がっていた。


「そもそも! 魔力がない人間なんてこの世界に存在しないんじゃぞ! もっと強調せい!」


「してただろ! あんたに聞く気が無かっただけだろ!」


 俺とノア師匠が罵り合う中、ピコンと聞きなれない電子音が部屋の中に響き渡る。


 そのすぐ後に、聞きなれた機会音声が耳に入ってくる。


「マスター。アップデートが完了しました」

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