第6話 謎の老人
暖かい。
全身が何かふかふかしたものに包まれているのを感じ入る。
気持ちいい。
目を開けたくないなぁ。眠いし。
しかし、何かが震えているような気がする。
左手首で。
誰かが俺を呼んでいる気がする。
ああ。左手首にはシルバを着けてるし、あいつが起こそうとしてんのかな?
あれ? 俺って死んだんじゃ……?
「うわぁ!?」
驚きのあまり、大声を挙げ、跳ねるように上半身が起き上がる。
意識が覚醒。
ここは?
ゆっくりと辺りを見回す。
小鳥の心地よいさえずりが聞こえてくる。
これが朝チュンってやつか!?
いや、ふざけてる場合じゃない。
ここは、木造の小さな部屋だ。
人一人が暮らすのでやっとといった大きさ。
えーと、この部屋には、机と椅子が一つずつ。
それから俺が寝ていたベットが一つ。
そして、ベットの右隣には小さな窓が設置されていて、明るい日差しを注ぎこんでいた。
ベットの足の方には木でできた扉が。
多分出入り口かな?
ワオ。快適な一人暮らしってか。
にしても、俺はかなりぐっすり眠っていたらしい。
あれだけ重かった体が大分軽くなった。
疲れはかなり取れみたいだ。
試しに両腕をグルグルと回してみる。
圧倒的な性能じゃないか! 我がベットは!
疲労は遥か彼方に……ってあれぇ!?
右腕治っとる!?
おっと。エセ関西弁が出てしまった。
たしか、俺の腕は戦闘で完膚なきまでに破壊された気がするんだが?
そういえば右足も……。
俺は下半身を覆っているふかふかの布団を捲り、恐る恐る確認する。
……元に戻ってるわ。
俺の食いちぎられた右足も完璧な状態に戻っていた。
マジかよ。いや、よかったわー。
いや、待て。
右腕と右足が元に戻ったねよかったよかった。
じゃあ済まないだろ?
そもそも俺生きてんの? 死んでんの?
ここはあの世の世界の可能性も無きにしも非ずだが……。
俺の頭の中が混乱しそうになった時、左手首に装着している銀色のブレスレットが軽く震えた。
「マスター。おはようございます」
「おはよう、シルバ。お前も起きてたのか」
「起きてたという表現が正しいかどうかは分かりませんが、つい先ほど起動しました」
シルバと話せるってことは、生きてるってことかな?
俺が死んだら機能停止するって言ってたもんね。
どうやらここはまだあの世じゃないらしい。
でも、俺もシルバもよく生き残れたっていうか、どうやって生き残ったの?
俺、意識失ってたし考えてわかるもんでもないしなぁ。
……聞こ。
「なあ、シルバ? なんで俺とシルバ生き残れたか分かるか?」
「分かりません。マスターが気を失ったと同時にシステムが強制的にシャットダウンしてしまったようです。
ですが、マスターの体はあの時、骨折102か所、すい臓・肝臓・腎臓等内臓の破裂、右足の欠損、大量出血によるショック状態など、助かるはずのない程重症でした。助かったのは奇跡と呼ぶほかないかと」
「そうかぁ。んでもさ、俺の生存率が確か0.01%みたいなこと言ってたじゃん? その0.01%は何の可能性だったの?」
「ごくわずかに残された可能性として、あの時考えられたのは、第3者の介入です」
なるほど。誰かが助けに来てくれる可能性か……。
「しかし、敵の群れを撃退・殲滅できる第3者が現れたとして、それがマスターとコミュニケーションを取れるかどうかは不明です。私たちもろとも排除する可能性もあります。
また、スキャンを行った際、周囲5キロ以内に強力な魔力反応は確認できませんでした。その他様々な要素も加味し、0.01%という数字を算出しました」
「いろいろ考えてんなぁ」
じゃあ、マジで奇跡的に助かったんだなぁ……。
理由はよくわからないけど。
でもベットで寝てるし、右腕と右足は治ってるし、誰かが助けてくれたって考えるのが、妥当だろ。
てか、右足完全に生えてるな。
日本の現代医療でも失った足を元に戻すなんて聞いたことないというか、普通出来ないだろ。
流石、異世界。
あんな観光バス並みにデカいワニが、レーザーみたいな魔法ぶっ放してくるんだ。
日本の常識は、まあ通用しないよな。
またちょっと眠くなってきた。
ベットフカフカだしもちょい寝ようかな……。
俺は体を倒し、布団を被る。
「マスター、少しよろしいでしょうか?」
「ん? なんだ?」
珍しいな。シルバから話しかけてくるなんて。
いや、珍しいというほど一緒にいるわけでもないんだけどね。
でも、妙にかしこまった様子だ。
「謝罪します。今回は危機的状況を打開できずに申し訳ないと思っています。
すみませんでした」
「え? なんで謝ってんの?」
シルバに謝罪されたけど、マジでよく分からない。
俺、シルバに何か謝られることされたっけ?
出会ってすぐに極太の針でぶっ刺されたのはマジでキレたけど、それは契約上仕方のないことだった気がするけど……。
「今回は奇跡的に助かりました。ただ、本来であればマスターは生命活動ができない状態になっていました。
マスターは、戦闘中にどうにかしてくれと私に命令しました。
しかし、私はそれを達成することができませんでした。
ですから契約を果たすことが出来ずに……」
「ああ。別によくね?」
うん。別に大丈夫だ。
「私は大丈夫ではないと考えているのですが?」
シルバの機会音声が昂ぶりを見せた。
珍しいというか初めてだ。シルバが感情出すなんて。
てか、感情あったんだな。
「だって、どうにかなったじゃん」
「いやですから、本来は死んでいたと」
「本来って何? 生存率0,01%だか奇跡だか何だか知らないけど、俺たちは生き残ったんだよ。
なんでだと思う?」
「なぜかですか? それは運よく第三者に救われたというのが、状況的にもっともふさわしい回答だと思います」
シルバの回答を聞いて俺は思った。
シルバはハイスペックだが意外と馬鹿だと。
少し説教してやろう。
「0点だな。不正解だ」
「では、なんだと言うんです!?」
シルバは明らかに機会音声を荒げた。
「お前が俺を助けてくれたからだよ」
「……」
おい! 黙り込むなよ!
なんか変なこと言ったみたいになってない!?
「よく考えてみろ? 俺は、そもそもお前と契約しなかったらとっくのとうに死んでたんだ。
洞窟で餓死してたかもしれないし、無謀にも子供のワニに戦いを挑んでたかもしれない。
子供って言っても、お前の魔法が無きゃ、多分倒せなかった。
当たり前だ。俺はチート能力も無ければ、魔力もない。
自力じゃ魔法も使えないポンコツだぜ?
この世界に来て改めて無力さを感じたよ。ホント。
そして、仮にだ。仮に子供のワニを倒せたとしても、大人のワニ……あれにシルバなしで勝ってる場面が想像できない」
「それはそうかもしれませんが……」
「俺を死にかけから助けたのは、もしかしたら別の、お前が言うところの第三者の誰かかもしれない。
でも、俺がその第三者に助けられるまで、俺の命をつないでくれたのはお前だろ? シルバ?
怖くて動けない俺を鼓舞して勇気をくれた。体を勝手に動かしてくれたこともあったろ?
ほら。もう数えきれないほどお前に助けられてる。
だから、謝罪しなきゃいけないのは俺の方だ。
言わなきゃいけないことを言うのを忘れてたからな」
俺は横になっていた体を起こし、ベットに正座した。
小さなボタンを二回押して、ブレスレットを左手首から外し、目の前に置いた。
「助けてくれてありがとう」
俺は頭を下げた。
何も特別なことじゃない。
命助けてもらったんだ。礼は当然だろ?
五秒ほど経ってから、俺は頭を上げた。
「んでもって、これからもよろしくな!」
多分、今の俺は異世界に来てから一番の笑顔をしていると思う。
「……マスターは私を口説いているのでしょうか? 私は美少女に変身する機能は持ち合わせていませんが?」
「口説いてるわけないだろ! 俺は胸の大きくて優しい女の子が好きなんだ!」
そう言って、俺は再びシルバを左手首に装着した。
「フフッ」
「え? お前今……」
機会音声の笑い声を聞くのは初めてだ。
日本でも聞いたことないぞ。
「では、これからもよろしくお願い致します。マスター」
また、感情のない機械音声に戻ってしまった。
少し残念だ。
「……笑ったろ」
「いいえ。マスター」
「絶対笑ったろ」
「いいえ。マスター」
「マスター権限を施行!」
「マスター権限なるものは搭載されていません」
「ええい。正直に全て吐け!」
「左手首に針ぶっ刺しますよ?」
「ごめんなさい」
色々あって、シルバとは仲良くなれたかな?
ちょっと当たりも強くなった気もするけど、きっと気のせいだ!
……気のせいだよね?
「おぬしら仲がいいの」
「え!?」
いつの間にかベットの隣に、灰色のローブを羽織り、フードを深くかぶった謎の人物が立っていた。
ローブの隙間から少し見える髪の毛は白髪で、顔は皺だらけだ。
加えて猫背。声色から年は結構いってそうな気がする。
「もう軽口を叩けるほど元気になったようじゃな。それじゃ……」
「あのー、どちら様ですか?」
マジ焦った。一瞬お化けかと思った。
だが、異世界に転移してきて、初めて人と出会った。
ビックリしたが、少しだけ安心した。
だけど、この部屋の扉が開いた様子はない。
窓もサイズ的に人が通れるものじゃない。
一体どっから来たんだ? この爺さんは。
「おお。そういえば自己紹介がまだじゃったの」
老人はそういうと、フードを外しその白髪が姿を現した。
「泣く子も黙る大天才!
最強最高スーパーウルトラハイパーマックスデラックスイケオジ大賢者!
ノア・ゲルハルトじゃッ!」
シャキーン! といった擬音がぴったりであろう、変なポーズをしている。
訳のわからない自己紹介を終えた老人は「フッ。決まったのお……」と言いながら、自らの前髪ををサラッと撫でた。
な、なんだこのツッコミどころ満載のジジイは……!?
言動的には、このノアって爺さんが俺を助けてくれたっぽい……?
いや、どうリアクションしたらいいんだよこれ!
相手もうしわくちゃの爺さんだし失礼なこと言えねえよ!
「どうしたんじゃ? さては、ワシのイケオジ天才オーラに圧倒されてしまったな?
全く、仕方ないのォ」
う、ウゼェ……。
なんなんだこの爺さん。
だが、困惑してるだけでは進まない。
「あ、あの、もしかして俺を助けてくれたのって……」
「ああ。ワシじゃよ」
だいぶ癖のある人だが、やはり俺を助けてくれたのはこのノアとかいう爺さんらしい。
「本当に助かりました。ありがと……」
俺が、頭を下げながら礼を口にしたのだが、爺さんは俺の言葉を聞く必要は無いかのように遮った。
「礼などいらんわい」
お! 変な人かと思ったけど、やはり俺を助けてくれた人だ。いい人に決まって……。
「1億ゴルド、キッチリ払ってもらうからのォ」
……え?
ま、まあ、この世界は日本とは金の価値が違うだろうし、安いのかも……?
「え、えっと、1億ゴルドっていうのはどのくらいの価値があるんですか?」
「そうじゃのォ……。普通に暮らす人間は一生働いても稼げないの」
……これは何かの冗談か? イケオジジョークってやつなんじゃ……。
「あ、アハハ! 一生稼げないなんて……面白い冗談ですね。」
「冗談でたまるかい。
いいか? おぬしに使ったポーションは2種類じゃ。
骨折や出血を止める1級ポーション。これは、そこまで値は張らんわい。ワシはこれを何百本と持っておるし、別にただでも構わんのじゃ。
じゃがの、これより上の等級の特級ポーションは話が別じゃ。
これは、四肢の欠損や致命的な傷を負った内臓の再生ができるんじゃ。
これでもかなり良心的な価格じゃ。そもそも市場にめったに出回らん上に、仮に出回ったとしても10億ゴルド以上の価格になるのがザラじゃ。
おまけに、お主に使ったのがワシの保持している特級ポーションの最後の1本じゃ。
こっちは大赤字じゃよ」
「は、ハハハ……」
悲報。
助かったと思ったら、莫大な借金。
おかしいだろ!
異世界転移してこんな仕打ちある!?
遭難するは、殺されかけるは、おまけに借金!?
「言動から察するに、お主、異界の者じゃろ?」
異界の者……?
異世界転移してきたのがバレてる!?
「どうやら、図星のようじゃのォ」
いや、別にバレても問題ないけど、なんでバレた?
俺の表情を見て察したのか、ノアとかいう爺さんは俺がどうして異世界から来たのか分かった理由を語り始めた。
「気付いていないかもしれないがの、お主ワシと会話している時と、そのブレスレットと会話をしている時で使っている言語が違うんじゃ」
「……は!? いや、絶対にそんなことはない!」
俺が2つの言語を使っているって!?
「俺はずっと日本語で話して……」
あれ? 異世界来たのに何で日本語通じているんだ?
『なあ、シルバ。シルバが言うにはこの世界の言語は統一されてるんだよね?』
『はい。そのはずですが、どうやらそうでは無いようです』
ヤベ。混乱してきた。
「えっと、ノアさんは今の会話の意味が聞き取れてないってことですか?」
「その通りじゃ。お主はワシとそのブレスレットと話す時で言語が変わっておる。お主からしてみれば、同じ言語を話しているつもりみたいじゃがの」
そんなことがあり得るのか?
「それが異界の者の大きな特徴の一つじゃよ。異界の者はありとあらゆる言語を操ると言われておる。だからワシはお主がこの世界の人間でないと分かったのじゃ」
どうやら俺はいつの間にか全自動翻訳機能を手に入れてしまったらしい……。
『マスター。一つよろしいでしょうか?』
『なんだ?』
『私にノアと名乗るご老人のスキャンを許可してください。脳波を測定することで言語を高速学習することが可能です』
……シルバやっぱ異常なスペックだな。
『俺は許可するんだが……』
本人に確認しないといけないよね。一応、助けてもらったみたいだし。
……借金は背負わされたけど。
「あの、ノアさん。今から……」
『マスターからの許可を確認。実行します』
『ちょ! まだ許可とってないからッ!』
俺の言葉を遮るようにして、横長の緑色のレーザーがノアの顔を捉える。
顔面を上下に何度も撫でるようにして、動く。
ノアはビックリはしてるみたいだが……別に逃げもせず嫌な顔もしていない。
少し目を細めてまぶしそうにしているが。
『測定完了。アップデートプロトコル起動。……学習完了』
十秒もかからないくらいの短時間で、スキャンは終了した。
特にブレスレットの見た目に変化はない。
「ご協力感謝します。ノア様。言語の確認をよろしくお願いします」
ノアは自らの伸びた白い髭を撫でながら、頷く。
「完璧じゃよ。……凄まじい技術じゃのォ」
おお。シルバが褒められた。
なんか嬉しいな。
俺を褒めてるわけじゃ無いんだが、いい気分だ。
「さて、これでようやく三人で会話できるようになったところで、ワシから提案があるんじゃが」
提案? なんだ?
ノアは俺の方を指差しながら、言葉を続けた。
「ワシの研究に協力すれば、借金を四分の一にしてやってもよい。加えてお主でも金を稼げるようになる指導付きじゃ」
借金が四分の一……つまり1億ゴルドから2500万ゴルドになるってことか?
しかも、金を稼げるようになるように指導……って怪しすぎだろ!
新手のマルチかよ!
いや、でも……。
この世界の事を何も知らない俺が、協力者なしでやっていけるのか?
「……研究に協力って一体何をすればいいんですか?」
「なに。そう怪しむでない。命の危険や、お主の尊厳を傷つけるような非人道的なものではないから安心じゃよ。だが、かなりの時間協力してもらうからのォ」
時間は取られてしまうようだが、アリだな。
「どうだシルバ? 俺はいいと思ってるんだけど」
「マスターがいいと判断されたなら、それで結構です」
「了解」
「話はまとまったようじゃな。ならば、早速協力してもらおうかのォ」
パチン!
ノアが、しわくちゃの指を弾いた。
次の瞬間、ノアの姿が消えた。
「どういうこ……」
俺の言葉は途切れた。
一瞬で俺の視界は真っ白く染まり……俺の体はその場から消えた。
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