第9話 修行開始

俺は、訳のわからない魔術でまたしても一瞬で移動した。


 少し開けた、背の低い草が広がる草原のような場所だ。

 今までいた、木々が生い茂る深い森でもなく、訳のわからない扉や台座のある辛気臭い洞窟でも無い。


 いい景色だ。

 空は青く澄んで、雲ひとつない。

 少し心が浄化されるような、そんな場所だ。


 一つ文句があるとすれば、一緒にいるのが俺の師匠になった少し頭のおかしなジジイだということだ。


「さて。修行を始める前に現状のお主の、正確に言えばシルバとやらのブレスレットのスペックの解説をしてくれるかの?

 それによって、お主に何を教えるべきか考えねばならん」


「それでは私の方から説明を致します。

 加えてマスターにも、先程のアップデートで得た新たな魔術と武装を紹介させて頂きます」


 新たな魔術と武装!?


 これはかなり気になるな。


「まずはアップデート前の性能からです。

 まずは……」


 シルバはノア師匠に対して、アップデート前の性能について詳しく説明した。

 師匠は軽く頷きながらも、時折驚いた表情を浮かべていた。


 そして、待ちに待ったアプデ内容だ。


「では、ここからはマスターもしっかりとお聞きください。

 使用可能になった魔法が一つあります。

 防壁シルドという魔法です。

 効果はシンプルで、透明の壁を作る事が出来る魔法です。

 込めた魔力の量により硬度・面積・厚さを決定、魔力操作によって円形や四角形などの形を決定出来ます。

 そして特殊武装も追加されました。

 武装名は血濡れの弓矢ブラッディ・アローです」


 弓か。

 遠距離から攻撃出来るのはかなり強そうじゃない?


 それに防御用の魔法も追加か。

 かなりバランスよく戦えそうな気がする。

 使いこなせるかは謎だが。


「面白いのォ。この時代には無い魔術じゃな。

 やはりいい研究対象になりそうじゃ。

 早速魔術を一つ見せてくれるかのォ?」


 俺は頷くと、シルバに目配せする。


「行けるか?」


「もちろん可能です」


「オッケー」


 俺は左手をノア師匠向けた。


「 防壁シルド!」


 一応、強く踏ん張る。

 だが、これといった衝撃は来ない。


 音もなくガラスのような透明な壁が俺の目の前に現れた。

 大きさは俺の上半身を隠すくらいで、形は四角形だ。


 俺の様子を見ていたノア師匠の眉毛が、ピクリと極僅かに動いた。


「……なるほどのォ」


 ノア師匠は少年のような笑顔を浮かべながら、シルバを見ていた。


「ユウジよ。お主も薄々気付いていると思うが、このシルバというブレスレットはこの時代のモノでは無いぞ。

 現在の魔法技術を遥かに上回っておる。

 特に魔力変換効率において、現在の魔術と比べ抜きんでて優れておる」


 ……ノア師匠の言う通り、この時代のモノじゃないってのは、何となくはそう感じていた所だ。

 シルバは言語は世界で一つに統一されていると言っていたにも関わらず、実際にはノア師匠の言語はそれとは違っていたみたいだしなぁ。


「先程の魔術もそうじゃが、ワシが研究を進めていた、遺跡の開かずの扉をいとも簡単に開けたのは流石に驚いたわい。

 明らかにこの時代のモノではない兵器じゃ。シルバは古代兵器というのが一番しっくりくるのォ。

 ワシは、ロマンがあるのは大好きじゃ」


 ノア師匠はうんうんと頷きながら、満足そうな顔をしている。


「じゃが、お主は魔法を使えてはいないようじゃ」


 え?


 どう言う事?


 確かに俺は魔力が無くて魔法が使えないけど、さっき魔法を使ったばっかりなんだけど……。


「どういう事ですか?」


「さっきの魔法の詠唱を見た限り、お主は魔法を使わされていると言った方が適切じゃの」


 マジで何言ってるかよく分からない。

 頭が混乱してきた。


「お主の魔力回路がズタズタになっておるんじゃ。

 これでは、魔力を感じることはおろか、魔力のコントロールもできまい。

 シルバが全て魔力を制御していたんじゃろ?」


 確かに、魔力を感じるなんてことは無かったし、魔術も俺がコントロールしていたとは思えないけど……。


「はい。マスターは魔力のコントロールが出来ない為、こちらで制御していました」


 そうだったのか……。

 まあ、異世界から来た俺が、魔法を訓練も無しで使えるわけないのは至極真っ当だよな。


「その時点で、ダメなんじゃ。

 ワシから見るに、シルバは魔法の発動から魔力の制御、威力や飛距離のコントロール全てをこなしておる。そのせいで、優れた本来の魔力変換効率を生かせておらん。そうじゃろ? シルバよ」


「ノア様の言う通りです。私は本来、兵器なのです。

 全自動で魔法の使用をすることを前提に設計はされていません」


 そうだったのか。


「じゃあつまり、俺が魔力をコントロールして、シルバを兵器として上手く扱わないと本来のポテンシャルを引き出せないってことなのか?」


 俺の言葉を聞いたノア師匠は、「その通りじゃ」と言って、コクリと頷いた。


「そこでお主に一つ質問じゃ」


「質問ですか?」


 なんだろ?


「お主は魔力を感じたことはあるかのォ?」


 魔力を感じたこと……?

 俺魔力無いし、感じたこともクソもない気がするんだけど……。


 あ、でもシルバが何回か魔法を使ってくれたことがあるから、感じたことが無いわけでもないのか?


 転移してからの記憶を辿るが、思い当たる節はやはり無い。


「魔力を感じたかどうかも分からないですね」


 「そうかそうか」とノア師匠は呟きながら頷く。


「では、ユウジよ。早速、最も大事な事を教えるとするかのォ」


 そう言うと、ノア師匠の手にどこから呼び出したのか、杖のようなモノが現れた。


「まずは魔力についてだ。

 シルバよ。お主はユウジの血液から魔力を作り出すんじゃったの?」


「はい。そのようにして魔力を作り出し、魔術へと変換します」


「なるほど。よし。ユウジよ。少しワシの近くに寄れ」


 ノア師匠はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながらそう言った。


 ……絶対に近寄りたく無い。


 あの表情は絶対なんか企んでる顔だろ。


「なに。そう警戒するでない」


 仕方ない。


 イヤイヤではあるが、俺はノア師匠に近づいた。


 すると、俺のヘソの辺りをそっと触った。


「ふむ……。やはり魔力回路がズタズタじゃのォ。

 これでは魔力を感じることもできまい」


 触られているだけなのに、何故か体が少しだけ熱くなってきた。

 妙なモノが体を回っている感覚がほんの少しだけする。


「気のせいかもしれないんですけど、なんか変な感じするんですけど……」


「マスター。どうやらノア様は微弱の魔力を流しているようです」


「その通りじゃ。今、お主が感じている体を流れるような何か、それが魔力じゃ。

 熱いのはまだ体が魔力に慣れていないだけじゃ」


 魔力って言われてもな……。

 なんか今まで生きてきた中であまり感じたことの無いような、不思議な感覚だ。

 ただ、まだほんの少しの違和感でしかないけど。


 魔法なんて、日本にいた頃はフィクションでしか無かったしなぁ。

 あんまりピンとこない。


「じゃが、まだ弱いのォ。いつまでもダラダラやってもしょうがないしのォ。荒療治じゃ。

 腹に力入れるんじゃぞー」


 ノア師匠は笑顔を俺に向けた。


 嫌な予感がする。


「なんで腹に力入れなきゃ行けないのか理由を聞いても?」


「言わずとも、すぐにわかる。

 それじゃ……」


 ノア師匠は右手を硬く握りしめた。


「ホイ」


 ゆっくりと俺の体に向け、拳を近づける。

 速度はとてもゆっくりだ。

 荒療治とか言ってたけど、そんなに大したことない……。


 ボゴォ!


 そのゆっくりとした速度からは考えられない、鈍い音が響く。


「グゥエ!!」


 そう。俺は腹パンされた。


 触れた程度なのに、腹部を思い切りぶん殴られたような痛みが襲う。


 オマケに呼吸出来ない!

 鳩尾に入った!

 てか、杖使わないのかよ!

 何のために杖出したんだよ!


 俺が地面に這いずりながら苦しんでいる姿を見て、ノア師匠は「……芋虫」とボソリと呟くと、必死に笑いを堪えていた。


 この陰湿ジジイが!

 マジ許さん!


「どうじゃ? 何か感じるかのォ?」


 ニヤニヤしながらそう聞いてきたノア師匠には若干イラつくが、さっきまでとの確かな違いを俺は感じていた。


 全身に熱いものが回っているのを確かに感じる。

 先程までの違和感程度のモノではない。

 ハッキリと感じている。


「これが、魔力ってヤツなのか……?」


「そうじゃ。大量の魔力を送ってやったからの。無理矢理魔力回路をつなげてやった。

 熱いじゃろ? まだ慣れんじゃろうが、じきに熱さは消えるはずじゃ」


 すごい……。


 これ、コントロールできるぞ。


 試してみよう。


 例えば、右手に多く流したり、左手に集めたりとか……できる!

 自由に動かしたりするの、意外と楽しいな。


 不思議な感覚だ。

 日本にいたときには体験したことのないような、不思議な感覚。


「どうやらコントロールもある程度は出来ているみたいじゃのォ」


「体の一部に集めることぐらいですけどね。

 意外と面白いです」


「そうかそうか。それじゃ、左手に魔力を集中させて魔法を使ってみるんじゃ」


 俺は、ノア師匠の言う通り魔力を左手に集めて、上に向けた。


火炎ファイア!」


 詠唱の結果、空へ放たれた炎は、俺が見たことのない程の大きな炎だった。


 明らかに威力が上がってる!

 これが魔法を使うってことなのか!


 驚愕と興奮の後に、左手に激痛を感じた。


 俺の左手はあらぬ方向に曲がっていた。


「いてええええええ!」


 俺が肩を抑えていると、ノア師匠が何か液体を俺の左手から肩にかけて振りかける。


 痛みはすぐに引き、元の方向に戻った。


 ふー。


 俺はノア師匠に向けて満面の笑みを浮かべた。


「……師匠、監督責任という言葉をご存じで?」


「すまんすまん。ワシも想定外じゃ」


 そう謝ったノア師匠の表情はどうせまたニヤニヤしているのかと思いきや、鋭い眼差しをした真剣なものだった。


 ……割とマジで想定外だったのかな?

 まあ、ポーションすぐにかけてくれたみたいだからいいけど……。


「なんで、俺の腕ひん曲がっちゃったんですか?」


「……ああ。威力が高い魔法を打つんじゃ。反動はその分大きくなる。

 人間の体はか弱い。お主は少し頑丈そうじゃが。

 じゃから、魔力を体に纏わせて保護する必要があるんじゃ。

 今のお主の場合なら、左腕全体と左肩に魔力を鎧のように覆う必要がある。

 そうすれば、反動を抑えることが出来るんじゃ」


 なるほど。

 要は、魔力を体に纏わせないと、まともに魔法も使えないってことか……。


「そしてこれが、戦闘において最も重要な事じゃ。

 例えば、さっきワシがお主に大量の魔力を送る際に腹パンしたわけじゃが、その時に腹部に魔力を集中させておくことで、痛みや衝撃は軽減できるわけじゃ。

 他にも、高くジャンプしたり速く走るなら足に、敵を思い切りぶん殴りたいなら拳にそれぞれ魔力を纏わせる必要があるんじゃよ。

 これが、この世界における出来て当たり前の技術じゃ。

 この世界の者ならば、意識せずともできるのじゃが……残念ながらお主は異界の者じゃしのォ。

 まずは意識して行い、やがて無意識にでも出来るようにならねばならない……というわけじゃ」


 色々と新しい情報が入ってきて頭がパンクしそうなんだが……。


 要は、魔力を上手く纏えるようになれってことかな?


「さて。生き物が最も効率よく成長するためには何が必要か、お主は分かるかのォ?」


 ノア師匠はニヤリと笑みを浮かべると、おもむろに指を弾いた。


 俺の視界がぼやける。

 今日一日で何回目だろうか?

 また、どこか違う場所に移動させられるみたいだ。


 嫌な予感がプンプンする。





 気付けば、俺は再び深い森の中に立っていた。


 何か下半身がスースーするんだけど……。


 下半身に目を向けると、俺の穿いていたはずの制服のズボンはおろか、パンツまで無くなっていた。

 上半身も何も身に着けていない。


 なるほど。

 俺は全裸だ。

 身に着けているのはブレスレットだけ。


 いや、なるほどじゃねーから!


 どういう状況!?

 まだ森だからいいけど、人が居たら即逮捕だよ!?


「ちょっと! なんですかこれ!?」


 目の前に立っていたノア師匠は、「意外と大きいのォ」などと呟きながら俺の下半身を見ていた。


「よいか? 生き物は極限状態……生命に危険が迫ったときに大きく成長をする。

 これからお主にはシルバと共に、この森でサバイバルをしてもらう。

 着るもの、食べ物、住むところ全てを自分の手で手に入れるんじゃ」


「本気で言ってます?」


「本気も本気じゃよ」


 無理だろ!

 俺はラノベとゲームに囲まれた部屋でぬくぬく育ったんだぞ!

 サバイバルとか……マジで死ぬ未来しか見えない。


「ああ。いざという時は助けてくれるんですよね」


 そうだ! そうに決まってる!


「ハハハハハ! 助けるわけなかろう。

 お主が肉食の魔獣に食い殺されようがワシは見ているだけじゃよ」


 マジで言ってんのか!?


 お巡りさん!

 この人、師匠としての職務放棄してます!


「ワシは言ったじゃろ? 死なないように頑張れとな。

 期限は、二か月間。その時にワシの出す試験をクリア出来なければ、また一か月延長じゃ。

 生き残るだけでなく、お主の貧相な体に筋肉を付け、魔力を上手く纏えるようになることが出来なければ、試験はクリア出来んからのォ。

 二か月後、生きて会えることを祈っておるぞ」


 そう言って、ノア師匠の姿は跡形もなく消えた。


「……なあ、シルバ」


「なんでしょう?」


「……頑張って生き残ろうな」


「もちろんです。サポートはお任せください」


 よし。


 二か月後、絶対あのクソ師匠の顔面をぶん殴ってやる!


 そんな確固たる意志を胸に、この日から全裸の俺とシルバの長い長いサバイバルの日々が始まった。







* * * * * *






 晴天の下、薄汚いローブを羽織った老人、ノア・ゲルハルトはその服とは対照的な透き通るような白色の花束を腕いっぱいに抱えていた。


 ノアが佇むのは、高い丘だった。

 この場所は、ここケルウスの森を一望できる。


 ノアはこの丘が、この森の中で最も景色のいい場所だという自負があった。


 この丘のてっぺんには、お墓がある。

 ただ、お墓といっても小石を積み上げただけの簡素なものだが。


「お師匠様。お久しぶりです。

 綺麗な花でしょう? 私のイチオシです」


 ノアは、軽く頭を下げると、お墓の前に片膝を着いた。


「異界の少年に出会いました。それと、かなり高度な技術の詰まった兵器にも。

 驚きました。お師匠様の予言通りです。正直、彼と出会うまで半信半疑でしたから」


 持っていた花束をお墓の前に、そっと置いた。


「お師匠様の予言通りならば……あの少年はこの世界を救う鍵になるとの事でしたね。

 おそらく、この先数多くの困難が立ち塞がるはずです。

 そして……私が彼を導く必要がある。

 あ、彼の名前はユウジといいます。シルバとかいう、喋るブレスレットも一緒です。

 お師匠様には怒られてしまうかもしれませんが、借金負わせて無理矢理弟子にしてしまいました。

 私は死ぬまで弟子なんぞとらないと思っていましたが、そうでもなかったようです。

 多くの罪を重ねた私が、弟子を育てられるかは不安ではありますが、やれるだけの事はやるつもりです」


 ノアは立ち上がり、大きく空を仰いだ。


「どうか見守っていてください。

 この不肖な弟子の、最後の仕事を」

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