米倉柚 第七話 告白 ①
唐突、という言葉しか無い。
突発的なその衝動に理由を求めるのは、無意味だし、無価値だと思うけど。
それでも、そこに言い訳のように理由を付け足すのなら、嫉妬に近いものだったように思える。
笑顔を見てしまったんだ。
柔らかくて、人懐っこい、あの笑顔じゃない。私の見た事の無いような、笑顔だった。
無邪気で無垢で、少年のような、どこか幼い笑顔だ。
それを見てしまった。
それだけが、私の理由になり得るのだった。
その笑顔を向けている相手が私では無いということが、私にとっての一番の理由だ。
タコパなんていう、実に高校生らしい催しを東堂さんの家で行っている最中、それぞれが好き勝手に話している。
私は横に座った美涼と適当な話題で盛り上がりながらも、視線はずっと一葉を追っていた。
一葉は最近仲の良い東堂さんと鷺谷さんと話している。
時折浮かべる笑顔は、私の知らないものだった。
まるで男同士のように、冗談を言っては東堂さんを小突き大きな声で笑っている。どこか抜けていて、それでも可憐で清廉で。
ゴシップ好きで、噂好きだけど、あまり自分から冗談を言うようなタイプじゃ無い。
そう思っていた。
だと言うのに、東堂さんの前で見せる姿は全く別のものだ。
下らないことで笑い、東堂さんはそれを呆れながらも笑い、鷺谷さんもそれに合わせて何かを喋っている。
それは、何?
と、問いたかった。
そんな一葉なんて知らない、と。
「なぁ、聞いてる?柚ちゃん」
「ん?……ああ、ごめん。えと、なんだっけ?」
「どうだった?切り餅入りのたこ焼き」
ああ、と。
咀嚼していたたこ焼きに餅が入っていたことを今気づく。
粘っこい弾力は、そんなに悪くは無い。
ソースとマヨネーズにも合う。
「いいんじゃない?そんなに高い具材じゃないし、メニューに入れてもいいかもね」
「お、本当?んじゃ次は何入れよっか」
と、美涼は買ってきたスーパーの袋から良さげな具材を物色する。
誰が買ってきたのか分からないチョコを入れて、場は笑いに包まれる。
それぞれが好き勝手に話す空気から、全員が学園祭のたこ焼きについてどうするかを話すような雰囲気になった。
一葉は笑顔を絶やさない。けれど、その笑顔はやはり、東堂さんに向けていた笑顔とは違うものだった。
食べ終わって、適当にテレビを見ながら片付けをして、解散となったのは10時近い時間だった。
明日も学校があるので、雑談もそこそこにそれぞれ帰路に着くとなると、自然と私と一葉は二人で帰ることになる。
肩が触れるような距離感。
それは、昔から変わらない。
秋を感じさせる、少しだけ涼しい風が私達の間を抜けていく。
もし、この風が去年と同じ風だったのなら、私達の微妙な関係性の変化に気づいたのだろうか。
或いは、季節に人格があるのなら、気づいたのかもしれない。
去年と同じ空気、同じ季節、同じ風の中で、私達は変わってしまっていた。
「ねぇ、一葉」
「んー?」
一葉は、スマホでSNSを更新している最中だった。私のスマホにも、一葉が写真を投稿したという通知が届いている。
「最近、東堂さんと仲良いよね」
「……そうだね。知佳は、私と似ているから」
似ている?
むしろ、正反対にも思えるが。
「どこら辺が?」
「えー?そうだなぁ……。一面的な性格じゃないってことかな。裏表があるの、私にも知佳にも」
「それってさ……、私の前でも?」
「ふふふ。そうだよ。柚の前でも、家族の前でも見せたことない、本当の私。私だって、そういうのあるんだよ」
言いながら、大きく欠伸をする。
その一葉の言葉に、私は不思議と動揺しなかった。
ああ、一葉にも、そういうのがあるのか、と。
安心したような、或いは、少しだけ軽蔑したような。
妙な気持ちが湧いていた。
「あ、加奈子から返信きてる。懐かしー」
私も自分のスマホで見てみると、中学生時代の私達の友人である外川さんが一葉の投稿した写真にコメントしていた。
『相変わらず一葉と柚仲良いね』という言葉と共に、絵文字が踊っている。
加奈子には、昔の私達しか知らない友人には、私達はまだまだ、仲が良いのだと映るらしい。
でも、もう私は、一葉の一番じゃないんだ。
「ねぇ、私も一葉に知られてない、一面っていうのがあるんだよ」
「え?どうしたの?急に」
立ち止まって、私は言う。
私はどうして一葉の一番になれなかったんだろう。友人のままじゃ、満足出来なかったから?
それとも、大人になっていく彼女を見て、焦ったから?
私が望むものは、いつだって、望んだ程度じゃ与えられないものばかりだ。
望むだけでもダメなら、
(行動するしかない、よね)
頭の中で佐々木君が肯定する。彼の勇気が、ほんの少しだけ、私にあれば。
一葉の肩を掴んで、力任せに引き寄せる。
何処か驚いたように、一葉は私を見た。
少し屈んで、彼女の唇を無理やり奪う。一瞬だった。
何か言おうとしている一葉より先に、私は告げる。
「私はね、一葉のこと、好きだったんだよ。ずっと」
「……柚」
ここで彼女が頬を染めて、小さく頷いてくれたら、きっとハッピーエンドなんだろう。
そんな都合の良い未来は、想像すら出来なかった。
勝算のない行為に、私は直ぐに後悔する。
それでも、私は。
一葉が欲しかった。
一葉は少しだけ躊躇うように目を伏せた後、離れた。
「——ごめんね、柚」
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