東堂知佳 第七話 こんな夜なら ②
目を覚ます。
隣には鷺谷が小さく寝息を立てていて、当たり前の様に私の腕を枕にしていた。
夏休みが明けて、少しだけ夏の日差しも柔らかくなった9月。
鷺谷は当たり前の様に休日は私の家に泊まっていくが、彼女の両親はどう思っているのだろうか。
ぬるい陽射しの中で、鷺谷だけが、私を肯定している。それだけに、彼女の他の部分——私の前で見せる部分の彼女の素顔が気になる。
(それを気にし過ぎても、ダメなんだけどね)
一面しか持たないなんて人間なんていない。自分の居ないところでどんな事をしているのだろう、なんて気にし始めるのは、それこそ愚行だ。
興味が、疑念に変わることがある。
それこそ、考え方が『自分の知らないところで私のことをなんて言っているのか』なんて段階まで進行してしまえば、不和が生じる。
そんな不信さが、過去の私の罪を作っていたのだし、それを増幅させたのは、私の疑念だ。
過去に囚われないということは、過去の誤ちを繰り返さないということでもあり。
鷺谷が私に対してどんなことを思っていようと、二度と罪を繰り返さないというのなら、私は彼女に全てを預けなければならないということだ。
(それは……)
怖い、というのが率直な気持ちだ。
寝ている鷺谷の髪を撫でてみる。まだまだ暑いというのに、二人でくっついて寝ていた所為で、僅かに汗ばんでいる。
(でも、それでも、どこかで)
嬉しくもある。
多分、逆さまなんだと思う。
あべこべなんだと思う。
矛盾に気づきながらも、依存しつつあることをしりながらも、それでも今の私を否定できないでいるのは。
それは——。
「おはよ、知佳」
いつも眠たげな癖に、寝起きだけはいい。
つい先程まで寝息を立てていたというのに、目を覚ました途端に大きく伸びをして布団から抜け出す。
そのまま起き抜けに台所まで行くとコップに冷たい水を注いで一息で飲み干すとそのまま顔を洗いに行った。
彼女曰く、その昔寝坊が多過ぎて朝の支度だけは無意識にテキパキと出来る様になったのだという。
また一つ、彼女と夜を超えてしまったという、後悔と高揚を胸に仕舞い込んで、私も朝の支度のために布団から這い出ることにする。
休み明けの月曜日だけ、毎回鷺谷と一緒に登校していることに勘付いている人はまだ居ない。
鷺谷は周りの人々に私と付き合っているということを公言したいのかどうかまでは知らないが、私としてはわざわざ言いふらす必要性もないので、特に話題にすることはなかった。
ホームルームは11月に行われる学園祭の話題が主だった。
まだ先のことだが、9月中には何をするのかクラスで決める必要があるとのことだ。
それを話し合うために一時間程度、クラス内で話し合いが行われる。部活をやっている生徒だったりは部活の方で出展する出し物がメインなのであまりやる気は見られないが、バスケ部の美涼だけは妙に張り切っている。
まぁ、イベント大好きそうだしなぁ。
と、頬杖をつきながらクラス内の話し合いを見守りながら考えていると、不意にその美涼が私に話を振る。
「なぁ東堂さんは?」
「え?」
「聞いてなかったでしょ、知佳」
ケラケラと湯井が揶揄う様に笑う。
夏休み明けの席替えで前の席に陣取る湯井の背中を小突きながら、出し物の候補を書き綴っている美涼の後ろにある黒板の文字を見る。
クレープだったりたこ焼きだったりと、ありきたりなものばかりが名前を連ねている中で、果たして何を言えばいいのか。
「……じゃあ、クレープに一票」
「知佳投げやりだよ」
「うっさい」
と、やたらと絡んでくる湯井に、私は苦笑しながら再び頬杖をつく。
正直、クラス一丸となって何かをやる、ということに興味は無い。だからと言って、水を差すほど無粋でもない。
あくまで、このクラスの中にいる目立たないクラスメイトAで終わればいい。だからこそ、変に目立ちたくないのだ。
結局、投票制となり、私達のクラスはお好み焼きの出店をすることになった。
(お好み焼きねぇ……)
何となく、この後鷺谷がお好み焼きを食べたいと言い出しそうな気がしたので、キャベツとお好み焼き粉を帰りに買うか、と考えてしまう。
しかし、そんな台詞を放課後に言い出したのは鷺谷じゃなくて湯井の方だった。
「ね、知佳。この後お好み焼きパーティーしない?」
「……まさか、アンタが言い出すとはね」
そんな突拍子も無いことを言い始めるのは鷺谷の役目かと思っていたが、しかしよく考えると湯井も似た様に思いつきで提案する性格だった。
「えー、なになに二人ともお好み焼き食べるの?」
「お、詩乃ちゃんもパーティー参加する?」
「勿論するよ。ね、知佳?」
何が、「ね?」なのか分からないが、取り敢えずこの2人の中ではお好み焼きパーティーをすることは確定らしい。しかも私の家で。
「パーティーっていうからには、誰か呼ぶの?」
「うーん、美涼でも呼ぶ?」
「今日は平日でしょ?しかも月曜。部活組は無理じゃない?」
「一葉ちゃん、柚ちゃんは?」
と、鷺谷は言う。
どう見たって最近この二人は露骨にギクシャクしているのが分かる筈なのに、相変わらず鷺谷は空気を読もうとしない。
(空気を読めないんじゃなくて……)
何というか、読めないフリしてる気もするけど……。
何かそこに意図はあるのだろうか。
相変わらず掴みきれない鷺谷の思考。意味はあっても意図はないような。或いは、理由はあっても必然性はないような。
「うーん、一応誘ってみる?」
一応、の部分にどんな思惑が働いていたのだろう。
湯井の言葉に、明らかな純粋さ以外の混ざり物に気づき、慌てて私は凪尾と綾部を誘うことにした。
私と鷺谷以外に湯井と米倉の二人しかいない空間はどうにも気まずすぎるからだ。
美涼の羨ましがる声を背後に、私達はスーパーへと向かう。
美涼は部活が終わったら絶対合流すると言い残し部活に行ったので、結局夜9時位まではなんだかんだウチに入り浸りそうな勢いだ。
(まぁ、いいか)
まさかこんなに多くの友人が私の家を訪れる未来があるなんて、少し前の自分に言ったなら信じなかったのだろう。
或いは、未来の自分はまた上部だけの友人関係と砂上の楼閣に過ぎない上下関係に満足しているのかと、軽蔑したに違いない。
それでも、彼女達は友人だ。
——それに、鷺谷に至っては恋人ということになる。
それは、中学時代の私にとっての友人関係とは、全く別物の、少しばかり不自由で、それでも心地の良いものだ。
こんな私が言うのも変だし、お門違いだし、似合わないだろうけど。
いつまでもこのメンバーで仲良くやっていきたいものだと、願ってしまった。望んでしまった。
だけど、結局。
この7人が一つになって何かを楽しむと言う時間がこれで最後だということを。
その時の私は知らずにいたのだった。
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