米倉柚 第六話 ほんの少しの勇気 ②

 不思議と、肯定していた様に思う。或いは、期待に目が眩んでいたのだとも、言える。

 根拠の無い理由が、全ての理由に優っている様に思えた。

 一葉は、私を否定しないだろうと言う、無根拠な自信だ。

 一葉が私を恋の対象として見てくれるかどうかは置いておくとしても、私が一葉に遊びに行こうと誘ったら、間違いなく頷いてくれるという幼馴染故の自信があった。

 だと言うのに。

 遊びに連れ出すこと自体は、対して高くもないハードルだと思っていたのに。

 私の家の前を通り過ぎた辺りで、妙に心臓が高鳴った。

 緊張、してるのか。

 と、自分事ながら何処か客観的にそんなことを思いながら、スマホで一葉を呼び出す。


「なーんか、久しぶりだねぇ」

 一葉はまだ帰宅して間もないらしい。制服から着替えていない。スカートの辺りが皺になっているところを見ると、制服姿のままソファにでも座っていたのだろうか。

「そうだ、ね。最近、一緒に登校するくらいだったからね」

 改めて一葉を見ると、暴力的なまでに可愛らしいとさえ思う。

 その細い首筋すら、変哲も無いと思う自分と、妙に蠱惑的だと思う自分がいる。

 それは、多分友人としての私と恋をしている私が二人いるということなのだろうか。

「あ、そういえば写真見た?美涼達とあんみつ食べてきたんだよ。良いでしょ?」

 と、相変わらずの地続きのままの笑顔を浮かべる。あの頃の様に一葉を見られていない私と対照的だ。

「うん。見たよ。それでさ、今度の休み、どっかに行かない?」

「え?別に良いけど、わざわざ遊びに誘う為に呼び出したの?」

 一葉は少し驚いた様に身を見開いた後、クスクスと笑う。

「う、うん。そうだけど……」

 何だか、それが気恥ずかしくて、私は言葉を詰まらせる。

「なーんだ。わざわざ呼び出すから、彼氏が出来たと思っちゃったよ、ほら、最近一緒にいるあの男の子」

「佐々木君は……その、そういうのじゃないよ。友達、うん、友達になったんだ」

「へぇ……。柚に男友達かぁ。なんだかんだ珍しいよね、友達になるの」

 と、一葉が言うのは、私の容姿や性格の所為で男子と打ち解けるのが早いことを指してるのだろう。

 中学の頃は男子から話しかけられることは多かったが、休日や放課後に一緒にどこかへ行く様な関係の男子はいなかった。

「まぁ、気が合うのかな」

「ふふふ。なんか今日の柚って変だよね。で、遊びに行くのは良いけど、今度の休みは難しいかな」

「え?」

「知佳と隣の市の駅まで服見に行くんだ。柚ってウィンドウショッピング好きじゃ無いでしょ?」

 昔は、嫌がる私を無理やり連れ出して、何時間も服を選んでいたのに。

 柚が気遣いをできるようになったのか、それとも彼女の一番の友人とすら位置すら危うくなったという証拠なのか。

 言葉を詰まらせた私は、東堂さんと一葉が楽しげに買い物している姿を想像して、背筋が震えた。

 そんなこと、無い。

 分かってる筈なのに、友人という垣根を超えて睦み合う東堂さんと一葉の姿が浮かんできてしまう。

「そ、そうなんだ……。じゃあ、その次の休みにしようか」

「え?その次はもう期末テスト近いから勉強しないと。遊びに行けるのは、次は夏休みかな」

「あ、そっか。もう、そんな時期だったね」

 肩を落とす。

 テストが近いという憂鬱さと、あり得ない光景を想像させる程に強まる焦燥感が——或いは、背中を押してくれた佐々木君への申し訳なさが。

 私を妙な気分にさせた。

 柚の肩に両手を置き、彼女の小さな瞳を見つめた。

「じゃあ、夏休み、デートしようか」

 揺れた。

 瞳が、一葉の瞳が。

 僅かに、それでも私には分かる程に、揺籃した。

 どういう感情によって揺さぶられたのか、それを理解するには、まだ私には生きてきた年数が少な過ぎた。

「デート?あはは、なんか柚変わったね。いいよ、デートしよ」

 彼女は私の冗談だと受け止めたらしい。

 まぁ、そうだろうな。


 と。

 妥協するのは簡単だった。

 簡単な方に、楽な方に流れるのは、魅力的だ。

 雪が降り積もるように、そういう判断達の負債が今の状況を作り出しているというのはわかっている。

 それを当たり前だと、それを世の中の常識だと。

 そんな言い訳と共に眼を眩ませて。

 一葉への気持ちを無かったものだと、始めからありもしないものだと。

 そう考えていた。


「じゃ、また連絡するね」

 と言って、一葉は家へと戻る。

 半ば、それは衝動だったと思う。取り敢えず、約束は取り付けた、と満足する私がいた筈なのに、私が玄関の扉に手を掛けた時、僅か数メートル先で同じ様に玄関の戸を開けている一葉に私は、言葉を投げつけた。

 投げつけてしまった。


「一葉!あの、私本気だから。本気の、デート、だから」


 投げつけて、逃げる様に家の中へと入り込んだ。

 彼女にその言葉が届いたかどうかすら、確認する余裕はなかった。

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