凪尾蘭 第五話 過ぎ去る季節 ①

 様子がおかしい——と、美涼が言ったのが発端だった。

 何がおかしいのかと言うと、それは言葉に出来ない程度の変化でしか無いのだろう。私が訊き返すと、美涼は答えに窮した様に言葉を濁した。

 要するに米倉さんいつもと違う、とのことらしい。始業5分前にそんなこと言われて自席に座る彼女を一瞥したが、どうにも私にはその変化は分からなかった。

 が、そういう人心の機微に対して私は鈍感であるし、美涼は敏感だ。彼女がそう言うのなら、きっと正しい。

 いつも米倉さんと一緒にいる湯井さんは此処のところ、何故か東堂さんがお気に入りらしく休み時間のたびに彼女の席に赴いては楽しそうに雑談をしている。

 そういう変化なら、私だって気づける。

「私には全然」

「んー、気のせいかなぁ。なーんか、元気なさそうなんだよねぇ。あと鷺谷さんも」

 と、今度は鷺谷さんの名前を出す。

 彼女は綾部さんの席の近くにいた。会話が弾んでいる様子もないが、二人にとっては多くの言葉を交わさずとも過ごせるだけの間柄なのだろう。

 そこは、少し羨ましい。

「まぁ、入学してそろそろ二ヶ月だからね。それぞれ一緒に過ごしていて落ち着く人を見つけたんじゃないかな」

「んーだといいんだけど」

 と、美涼が腑に落ちないような表情で言い終えるかどうかのタイミングで、鷺谷さんがこちらの方に歩いてくるのが見えた。

「砂川、凪尾さん。放課後暇?」

「ん?まぁ暇っちゃあ暇だけど、どっか行く?」

「うん。純香とさ放課後甘いもの食べたいね、って話しててさ。二人ともどう?」

「私はいいけど……東堂さんとかは?」

「知佳は最近柚ちゃんとばかり遊んでるからいいの。ハブってやる」

「あはは。友達取られて嫉妬してんの」

 美涼は揶揄いながらスマホで店を検索する。こういう気の利かせ方が、彼女の周りに人が絶えない理由なんだろうな、と横で見ていて感心した。

「んで、店は決まってんの?」

「駅ナカのあんみつ屋かロータリー近くの喫茶店かなぁって話してるよ」

「蘭ちゃんはどっちがいい?」

「うーん、喫茶店ってあのレトロチックなやつでしたっけ?」

 記憶の糸を辿りながら、なんとなく外装だけは見たことのある喫茶店を思い出す。

「そうそう、あそこのプリンが映えるらしいよ。中学の時の同級生が写真上げててさ、あんみつは普通に食べたいんだけどね」

 要するに、SNSにアップする用のスイーツ食べるか、食欲に正直にあんみつを食べるかの差らしい。

「お、確かにここのプリン可愛いなぁ」

「でしょ?どっちにする?」

 と鷺谷さんが言い掛けたところで始業のチャイムが鳴る。

 仕方無く席に戻った私達だったが、戻る間際に米倉さんをもう一度視線を移すと、席に座ったまま何をする訳でもなくボーッと過ごしているのを見て、やっぱり美涼のいう通りなのかもしれない、と感じた。




 彷徨うような視線の中に、どうしても綾部さんを見つけてしまうのは、もうどうにもならないのだと、諦めた。

 授業中、席が彼女よりも後方なのをいい事に、黒板を見る回数よりも綾部さんの背中を見てしまう回数の方が多いのは最早矯正の出来ない癖のようなものだ。

 そういう視線の動きの中に、今日だけは米倉さんも僅かだが入っていた。

 どうにも美涼があんなこと言うものだから、純粋に友人として心配してしまっている。

 これが美涼の杞憂ならいいのだけれど。

 こっそりスマホを取り出して、放課後の集まりに米倉さんも誘っていいかチャットを送ってみる。

 真面目な綾部さんはバイブも設定していないマナーモードで気付かない様子だが、相変わらずウトウトとしていた鷺谷さんと美涼は直ぐに了承の返事を返してきた。

 授業が終わったら声をかけてみるか、と私は一旦この問題を先送りにして授業に集中し直した。



 早速授業が終わると、私は米倉さんに放課後の話をしたが、やんわりと断られてしまった。

 どうにも先約があるようだ。

 何か悩みでもあるなら相談に乗りたかったのだけど、無理強いするのも悪いので結局放課後は4人で行くことになった。

 ついでに服を見に行きたい、という美涼の言葉に駅ナカのあんみつ屋に行くことになったので、慣れ親しんだ道を4人で歩く。

「で、そのあんみつって有名なの?」

「私と純香は中学の頃に予備校帰りによく行ってたよ、ね?」

「う、うん。結構雑誌にも取材されてるみたい……。確か本店は東京だった筈」

「へぇ、流行ってるんですね。綾部さんは和菓子の方が好きなんですか?」

「ええと、どうだろう……。どっちも好きかなぁ」

 ふむふむ、なるほど。綾部さんはスイーツなら結構こだわりは無い、と。

 心の中のメモに彼女の情報を刻みながら駅ナカのエスカレーターに乗り込む。

 そのタイミングで、美涼が素っ頓狂な声を上げた。

「なに?どうしたの?」

「いや、アレ見てよ」

 と指差したのは、先ほどまで私達がいたフロア、吹き抜けの下の階に見える男女だった。

 目を凝らすと、米倉さんと私の知らない男子の姿だった。

「佐々木のやつ、柚ちゃんと上手くいってんだなぁ」

「ああ、そういうことだったんだ」

 と、彼女の様子がおかしかったことに得心がいく。要するに恋人が出来たということなのだろうな。

「えー、柚ちゃん彼氏出来たの?羨ましいなぁ」

「詩乃ちゃんは彼氏欲しいんだ」

「そりゃ高校生だもん。恋人の一人や二人は欲しいよ」

「二人はまずいでしょ」

 なんてことを話していると目当てのあんみつ屋に辿り着く。店前には堂々と東京の池袋発、と書かれているが、それが売り込み文句として絶大な効果を発揮する程度には地方都市のこの街ではそれなりに客が入っていた。

「平日なのに結構混んでんなぁ。で詩乃ちゃん、綾部さん、オススメは?」

「私は普通のやつ。純香は桃クリームあんみむだっけ?」

「うん。そうだよ」

 ニコニコと鷺谷さんに笑いかける彼女の姿に、また嫉妬する。

 どうしたら彼女の気を引くことが出来るのだろうか、と四六時中腐心している私にとって、それを容易く出来てしまう鷺谷さんは羨望の対象だ。


 しかしまぁ。

 こうして放課後に遊びに出かけるだけでも大した進歩か。それと東堂さんの助けを借りず。


 そう考えると、二ヶ月前には想像も出来ないほどに進展している事に少し心が満たされる。

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