長尾蘭 第四話 花一匁 ②
いつも天秤の秤に載せられるのは私じゃなかった。
安全圏とも言うべき場所から、比べられ評価され分析される存在達を見下ろすのが、自然になっていた。
それが嫌だったのは、何も憐憫だとか同情だとか、そういう高いところから見下ろしたような感情が動いたからじゃ無い。
そうであるならば、きっと私はもっと慈善的な性格をしていたのだろう。
そこにあったのはもっと独善的なモノの考え方だ。
純粋にそれが、不平等であるということに気付いていたのだ。
ある種の差別でもある。
仲間外れにされて泣いている女の子と、私の何が違う?
少しばかり言動が粗暴なだけで、その粗暴以上の陰口にさらされている男の子と、私の何が違う?
根本的には同じなのだ。
生まれ育った環境が少し、ほんの少しだけ違うだけなのに。
仲間外れにされている女の子は、流行っている玩具を持っていなかっただけだ。
私にはその玩具があった。
粗暴な男の子は、両親が共働きで殆ど家に居ない寂しさを鬱屈した感情で表現したいるだけだ。
私にはその寂しさが無かった。
ただ、それだけなのに。
ただそれだけの違いが多く積み重なっただけで。
花一匁は、私を差別し続ける。
あの娘が欲しいと、嘯いている。
花一匁は、私を差別し続ける。
私は何かを誤魔化すように、笑っている。
◇
ぎこちない笑みだったに違いない。上手く笑えない。
あれだけ私は上辺だけの表情をその顔に貼り付ける行為だけは得意だった筈なのに。
今この瞬間だけは、全ての過去に先んじて、ありとあらゆる行為が未経験のように感じられる。
それでも表情筋を無理やり動かして、笑みを浮かべていた。
彼女に対して多くのことを求めている私にとって、何かを求める事を口にすること自体が、冒涜のような気がしてならないからだ。
「私の料理ですか……?そんな、大したものじゃ無いですよ」
綾部さんの場合、謙遜なのか、本気でそう思っているのか判別が難しい。
そのどちらにせよ、やんわりと断られている、と早合点してもおかしく無い彼女の言葉は、私にとっては鋭過ぎる刃だった。
「そんなことないって、純香の料理美味しいんだしさぁ」
と、横から鷺谷さんが一通り食べ終えて眠くなったのか、目を擦りながら助け舟にも思える言葉を言う。
「そう、かな?じゃあ、ええと、今度機会があれば…」
鷺谷さんの言葉に少し照れてから、綾部さんは諾意と受け取るには些か曖昧な返事を言葉にした。
少しは良い方向に物事が転がったのだろうか。
果たして安堵して良いのか、悩みどころだったが、何処か満足気にこちらを見ている東堂さんの視線に、少しだけホッと胸を撫で下ろした。
「中々良い感じじゃない」
昼休みを終えてから、教室に戻る道中で東堂さんが得意気に言う。
彼女的には良いアシストが出来たと、自負しているようだ。なんだかんだ協力的な彼女に、少し微笑する。
「ありがとう、ございました」
「あんなこと言ってたけど、綾部は結構料理好きだから、褒められるのは嬉しかったと思うわよ?」
「そうなんですね。私、そんなことも、知らなかったなぁ」
素直に無知を恥じる。
そういう部分を今まで見せて貰えなかったから、見せるに値しないと思われてきたのだから。
それを思うと、何というか、モヤモヤした感情が湧く。
花一匁で選ばれなかった人達はこういう感覚なのだろうか。
悔しさとも違う、嫉みにも妬みにも似ていない。
だというのに、選ばれなかったという嬉しさだけは同居していた。
我ながら倒錯しているな。と、思う。
そして、選ばれなかったのだから、これで正々堂々と願っても良いのだろう、とも思う。
私を選んでくれ、と。
天秤の秤の上で、私を選んでくれ、と。
矛盾した気持ちと、それを自覚した私の心は。
自重を引き出すには十分だったに違いない。薄らと微笑を浮かべると、私のそんな言葉に反応した東堂さんが素直に訊く。
「アンタはさ、綾部のどんなところが好きなの?」
それは、多分彼女じゃなくても浮かぶ疑問だろう。
余りにも彼女のことを知らな過ぎる私の、その好意の源泉が見えてこないからだ。
それを訊かれて、私は中学生の頃の、綾部さんの泣き顔を思い出した。そして、努力を弛まなく続ける強さを。
それを言語化しようとした時、心の素描に、ノイズのようなものがあることに気付いた。
私が選んだ綾部さんとそれ以外の人たちに、当然違いはある。
だが、それは私が忌避し続けてきた差異だ。
真の平等の中に組み込まれてはいけない、差別の厳格だ。
ともすれば、誰かを好きになるということは、誰かを差別するということと何が違うのだろう。
私の事に興味すらなく、ただ目の前にある夢に向かって真っ直ぐ走り続けられる彼女に惹かれた。
言うなれば、差別をしない彼女が好きだったのだ。
もしそこで、私の望む通りに、綾部さんが私を選んだとして。
それは本当に私の望む未来なのだろうか。私を選ばない彼女が好きなのに、私を選んで欲しいという願いが叶えられて仕舞えば、それはもう願いを叶えながら手折る行為に成り果てるのではないだろうか。
花一匁の唄が溶け出す。
有りもしない平等の概念は、やはり有りはしないのだと分からされてしまう。
忌み嫌ってきた不平等を肯定しなければ、私の恋は前進も後退も出来ないのだと。
知ってしまった私は、ああ。
またあの上辺だけの笑みを浮かべて、東堂さんに向けて曖昧な返事を返していた。
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