米倉柚 第四話 歩みの距離 ①

 疎にある言葉を繋いで、無理矢理意味のあるものに変えるとするのなら。

 きっとそれは酷く歪んでしまった私の悲哀の詩のようなものになるのだろう。

 或いは恨みの籠った暴言に近いものなのかも知れないし、不安に駆られた妄言なのかも知れない。

 どちらにせよ、不確定の未来に対する後悔と言うのは間違いなくて。

 本来起こり得ない未来への後悔という、矛盾に満ちた感情は。

 私にとって意味のある罪と意味の無い罰を与える。

 佐々木春人。

 美涼が紹介してくれた一人の男子すらも、私の後悔の旅に巻き込みながらも、私は歩みを止めなかった。

 東堂さんは私の懺悔を、告解を。

 表情を変えずに聞き続けている。時折口に運ぶコーヒーの揺らぎだけが、彼女の心の動きのような気さえする。

 文化祭の終わりの日。

 私にとって頼れる人は、東堂さんだけだったのだ。

 だから私は続ける。

 弁明するように、自傷するように、蔑むように。

 私の懺悔を。


 ◇




「で、こっちが、佐々木君」

 美涼が自身の隣に座る男子を紹介すると、佐々木君は少し照れながら笑みを浮かべた。

 バスケ部らしい短髪は爽やかで清潔感のあるスポーツマンといった風貌の演出に一役買っているようだ。

 スラっとした体格だが、不思議なのが、決して痩せているという印象は与えないところだ。首筋に浮かぶ血管や腕に僅かに浮かんでいる筋肉が、男子らしい頼り甲斐のある雰囲気を私に与えている。

 女子に慣れていないのか、私と目が合う度に少し照れたように目を伏せる表情は、何処か可愛らしささえある。

「取り敢えず今日は三人で遊ぼうか。柚ちゃん、どっか行きたいとこある?」

 とはいえ私も多少男子慣れしているとは言っても、学校の外で会うというのは中々無い。私も何を話したものか、と思っていると美涼が助け舟を出す。

「うーん……じゃあ」

 と、私は結構散財してしまったゴールデンウィークを振り返りながら、一つ提案した。


 海浜公園、と呼ばれている場所がある。

 正式な名前があったはずだが、地元民は皆海浜公園と呼ぶだけなので私も正式な名前までは分からない。

 休日になると子供連れの家族などで賑わう場所で、キッチンカーやバーベキュー場があるのでちょっとした散策にも楽しい場所だ。

 小さな子供が父親とフリスビーをしているのを横目に私達はその海浜公園を当てもなくブラブラと歩いていた。

「佐々木君ってやっぱ運動得意?」

「えっ!?ま、まぁ結構得意な方かも……。あ、でも球技以外はあんまし…」

 と、私に話しかけられてしどろもどろになる佐々木君に私は微笑を浮かべる。

 背の高い私よりも10センチ以上背の高い佐々木君を見上げる。

 もしかして、一葉が私の横にいる時もこんな風に見上げていたのだろうか。

「私と逆だね。私は球技が苦手なんだよね。単純に走るとか泳ぐとかならいいんだけどさ」

「なんか意外っす。米倉さん、バレーとか得意そうっすよね」

「あははは。何で佐々木君敬語なの?同級生なんだから別に普通でもいいよ?」

 と、私が笑うと益々照れたように下顎の部分を指先で撫でながら釣られて佐々木君も笑う。どうやら、緊張したり照れたりすると彼は顎を触る癖があるみたいだ。

「いや、なんつーか。米倉さん、しっかりしてるし先輩っていうか歳上っぽくて、つい……」

「あー分かる。柚ちゃん、いつも一葉ちゃんの面倒見てるからか、お姉さんっぽいよね。大人っぽいっていうか、なんていうか」

 と、美涼が佐々木君に同調するように言う。

 佐々木君ならまだしも美涼に言われると揶揄われているような気分になる。

「それって褒めてる?」

「褒めてる褒めてる、なぁ?佐々木君」

「え、あっ、うん。その米倉さんのそういうところ、俺、結構好きだよ」

 多分そういう意味で放ったのでは無い好き、という言葉に、今度は私の方が赤面してしまう。

 そんな私を見て佐々木君も気付いたらしく慌てた様子で言葉を継ぐ。

「あ、いや、その、好きってそういう意味じゃなくて。あの、その」

「いやーテンパってる佐々木君は可愛いなぁ」

 と、一人余裕な表情で、カラカラと笑う美涼を恨めしく見ながら私は取り敢えず彼を宥める。


 端的に言うのなら、楽しかった、と思う。

 明日から通常通りに授業が始まることを考えると、今年のゴールデンウィークは、それなりに充実していた方じゃないだろうか。

 ベッドにゴロン、と倒れると、今日会った佐々木君のことを思い出す。

 美涼が彼に何を言っていたのかまでは知らないが、佐々木君は私を女性として意識してくれているのは感じていた。

 それをどこがくすぐったく思いながら、それを嫌じゃない自分がいた。

 もしかしたら、このまま私は彼と付き合うことになるのだろうか。

 他人事のようにボンヤリとそんなことを考えていると、一葉からメッセージが届く。

『今日どこ行ってたの?』

 という短いものだった。

 美涼の紹介で男子と遊んでた、と正直に言ってもいいのだけど、何となくそれを正直に打ち明ける気にはなれなかった。

 言ったら一葉は嬉々として詳しく聴きたがるだろう。それが億劫なのだ、と私は思っていたが、本当にそれだけが理由だったのだろうか。

 適当な返事を返してから、スマホで海外バスケのニュースを漁っていると、今度は佐々木君からメッセージが来ていた。

『今日は遊んでくれてありがとう。もし良かったら、今度の練習試合、試合に出るから応援に来ない?砂川も同じ日に試合してるよ』

 といった内容だ。

 もう少し長かったり、絵文字やらスタンプやらが挟まっていたりしたが、要約するとそんな感じだ。

 一瞬、躊躇う。

 彼氏がこれまで出来たことのない私でも分かる。彼の誘いを受けるということは、少なからず彼を受け入れている、ということを彼に教えるようなものだ。

 それが、事実通りでも事実と反していても。

 彼が歩み寄ったものと同じ距離を、私が進むということだ。

 それだけの覚悟はあるのか、それだけの気持ちがあるのか。

 本来なら、そういう部分を自問するものだろう。

 だが、その時の私は、思い出していた。

 一葉が、私の知らない男子とメッセージでやり取りしているという、美涼の言葉を。

 なら、私も置いて行かれる訳にはいかない。

 私の負けず嫌いな部分が、或いは、寂しがり屋な部分が。

 私を無理矢理背中を押す。


 私の短い了承の言葉に。

 佐々木君はメッセージ越しにも分かってしまうほどの、微笑ましい喜びの言葉を返信した。

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