米倉柚 第三話 いつか違える道ならば ①
いずれ知ることになるだろう、と分かっていた。
いつまでもそのままではいられない、ということを。
子供の私にだって、ある程度予想が出来るのだから、きっと現実はもっと冷たく寂しいものだ。
いつまでも一緒にいられる訳じゃない。一葉に彼氏が出来たら、これまでのように共に過ごす頻度は減るだろう。別々の大学に進学したとしたら、場合によっては年に数回合うかどうか、となってしまう。
もし運良く同じ大学に進んだとしても、社会人になって仕舞えば、それこそ殆ど会わなくなってしまうことは目に見えている。
——いや、それでも一葉の性格ならアレコレと理由をつけて休日の度に遊んでいるのかもしれない。
そんな愉快な想像をしていても、結局どちらかが結婚して家庭を持って仕舞えば、全てが今までと違ってしまう。
間違いなく、そういう未来が待っていて。
厄介なことに、そういう未来が普遍的で人間的で社会的で——そして幸福な未来であると、誰もが思っていることが。
私にとっては、何処かボンヤリと滲んだ状態ながらも、鎖骨の辺りをチクリと針を刺すように痛みをもたらしている。
はしゃぐ一葉は、どこにもそんな想像が及んでいないように見える。
今が楽しければ、それで良いのだという、刹那的で享楽的な思想が羨ましく思える。
中性的だ、とよく揶揄される私の本性は、とても女々しい。先の見えない未来を怖がるし、先の分かる未来にすら怯懦する。
カラオケボックスの室内が薄暗くて良かった。はしゃぐ一葉の中に、私の居ない近い未来においても同様に楽しんでいる彼女を想像して、少しばかり憂鬱になった表情は、上手く隠れてくれているだろう。
「何歌うか決まったの?」
教室に居る時は、半ば居眠りしているようなイメージしかなかった鷺谷さんだが、休日は割と元気なようで一葉の歌う曲のリズムに合わせて左右に身体を揺らしながら私が持ったままの端末を覗き込んだ。
「あーいや、迷っててさ。鷺谷さん、曲決まってるなら先に入れていいよ」
と手渡す。
この間から、少し変な考えばかり頭に浮かんでしまうな、と自省する。
一葉に彼氏が出来たからって、少しばかり私と過ごす時間が減るだけじゃないか。
(それだけのことなのに、本当に、女々しいし、我ながら子供だなぁ)
「物憂げな米倉さんも絵になるねぇ。なんか悩み事?」
手渡された端末を受け取りながらも、何か面白いモノを見つけたかのように、白い歯を見せながら鷺谷さんが私の顔を覗き込んだ。
「ううん。なんでも、ないよ」
「ふぅん?」
誤魔化せてはいない、と分かっていた。だが、彼女の物臭な性格がこれ以上の追求をしてこないことを祈りながら、視線を外す。
何か言いたそうにしている鷺谷さんだったが、タイミングよく一葉の歌が終わった。
「一葉ちゃん、いえー!」
「お、詩乃ちゃんノリいいねー!いえーい!」
あっという間に鷺谷さんと下の名前で呼び合う様子を見て、いよいよ私は苦笑する。
きっと、一葉は私が居なくても楽しく幸せに生きていける。
依存しているのは私だけだ。
そしてそれは、きっと、いつか卒業しなくてはいけない事なのだ、と。
「んー全然歌わないね。もしかしてカラオケ苦手だった?」
今度は気を利かせた美涼がドリンクバーからジュースを持って私の横に座った。
「……いや、別に苦手じゃないよ?ただ、何を歌えば良いかなーって悩んでただけ」
「あー、初めての人とカラオケ行くと、何歌えばいいか迷うよねー。分かる分かる」
いの一番に曲を入力した美涼だったが、私に話を合わせてそんなことを言う美涼に思わず吹き出す。
「絶対そんな性格じゃないでしょ、美涼」
「あははっ!柚ちゃんにはバレてたかぁ」
「そういえばさ、美涼は彼氏とかいるの?」
「え?何突然。いるよ——って言いたいとこだけど、残念ながら今はなし」
本当に残念に思ってるか怪しいが、戯けるように両手を挙げた美涼の言葉に少し安堵した。高校生なったからと言って、すぐに恋人ができる訳じゃないんだ、と。彼氏がいることが普通じゃないんだ、と。言い聞かせるように、自分を安堵させた。
「あ、そういえば、さ」
「ん?」
「柚ちゃん、トーマ君好きって言ってたじゃん?男子バスケ部にトーマ君似の一年が居るんだけど、どう?」
どう?
という、なんともイマイチ捉え難い問い掛けに、私は鸚鵡返しで答えた。
「どう——って、何が?」
「ん?柚ちゃんが彼氏欲しいって言ってたし、紹介しようか?って話。結構真面目で良い子だよ」
突然の申し出に、数瞬、私は迷った。いや、迷っていたのだろうか。
思考するよりも先に、鷺谷さんと楽しそうに話す一葉に視線がいく。
そうか、どうせいずれ一葉にも彼氏が出来るのなら。
私も、一葉から独り立ちできる準備くらいは——。
その答えを探すくらいは、しても損はないだろう。
そう考えた。
「ねぇ!あれ歌おうよ、柚」
美涼の話にどこか浮き足だっていた私に、一葉が思いついたように私の身体を揺らしながらそんなことを言った。
あれ、で通じてしまうことが面白くて、少し笑う。
「いいよ、いつも通り私が低音パート歌うね」
「じゃあ、入れるよー」
幼い頃から、一緒に歌ってきた歌を歌う。昔はパートを分けないで二人で音程すら気にせずただ楽しく声を出していただけだった。
それがいつの間にか、こうしてパートを分けて、誰かに見せることを意識して、小手先の見た目だけを繕って。
多分そういうことが大人になるということなんだろう。
一緒に育ってきた私達も、いつかは道を違えて二つに別れていく。
ああ、大人になんかならないでくれ。
と、自分勝手な願いを、一葉に投げかけることすらしない私は、大人にも子供にもなれない半端者だ。
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