米倉柚 第二話 無邪気な矛盾

 意外に思われるかもしれないが、スポーツは好きだが、実は運動音痴だ。

 もっと正確に言うと、球技全般が苦手だ。だから、スノーボードやマラソンなどは得意だが、球技となると、醜態を晒してしまう。

 もしこれが、一葉の様な可憐さがある女の子だったら、可愛らしい一面に映るのだろう。

 それが、羨ましい。

 見た目通りの能力を、趣味嗜好を、求められて来た。

 本当に一葉を羨ましく思うのは、その期待通りの所作を、無理なく違和なく、自然に平俗に。そうやってこなしてしまえる一葉が羨ましかった。

 そんな一葉の隣に居られることは、楽だった。誰よりも女性らしい見た目と、誰よりも女性らしい性格を持つ彼女の横にいることは、私の中性的な見た目に期待される役割を、どうやら果たしてくれているらしいからだ。

 そういう退廃的な理由だから、一葉の横に居たのだろうか。

 それだったら、何故、彼女が恋人に興味を持ったことに落胆したのだろうか。

 恋に恋する少女なんて——それこそ、一葉にピッタリの役目じゃないだろうか。



 タンクトップの肩紐の様な細い部分から露出している肩に、冷たい感触。

 何事かと振り返ると、一葉が冷たいスポーツ飲料を手に持っている。

「まだ五月にもなってないのに、寒くないの?」

「今日は特別。父さんに庭の草むしり命じられてさ、さっきまで長袖だったんだけど、暑くなって着替えて来た」

 休日の午前中から家の草むしりをしてる女子高生なんているのだろうか。

 とはいえ、家事の出来ない私が家の手伝いとなると、こういうこと位しか出来ないのが悪いんだけど。

「ふーん、おじさんの言いつけなんだ。部屋の窓から見たら、柚が庭で遊んでるのかと思って来ちゃったよ」

「女子高生が一人で庭で遊ぶと思う?」

 ガーデニングが趣味だとかなら、まだ分かるけど。

「昔は修学旅行で買った木刀振り回してたじゃん」

「……あー、剣豪モノの漫画にハマってた時ね」

 幼馴染というのは、こういう昔のことまで知ってるからタチが悪い。

 それも、厄介なことに、一葉が私に対して、そういう話のネタになるような隙をあまり見せたことが無いのも、少しだけ不満だった。

「でも、もう殆ど終わったんじゃ無い?この後どっか行こうよ」

「……別にいいけど、服屋はヤダよ?」

「えー?いいじゃん、一緒に行こうよ」

「だって、一葉の行く店だと私似合わないし、一葉一着選ぶのに二、三時間掛けるし」

 私からすれば、何を着たって似合うのに、それでもアレコレと迷う一葉との買い物は結構面倒だ。

 私なんかは、ユニセックスな服装以外はあまり着てこなかったので、そういう意味では迷う余地無く早く選び終えてしまう。


「迷ってるのが楽しいんだよ」

 と、結局一葉に手を引かれて買い物に来てしまった私に、彼女は自論を述べる。

 堂々とそう言える一葉と一緒に育って来たはずなのに、考え方がまるで真逆なのが、少し不思議だ。

「どう?これ」

 と、駅ナカのビルに入っていたセレクトショップにふらりと、それこそ迷い込む様に思い付きで入った一葉は、セーラーカラーのブラウスを手に取った。

「てか、明日みんなで遊ぶんだから、その日に買えば?」

「みんなと買い物も良いけど、柚に選んで欲しいんだよ。で、どう?」

「私が選んでも、結局迷う癖に」

 改めて一葉を見る。

 ブラウスを買うには少しばかり時期がズレてるんじゃ無いだろうか。そろそろ暑くなるんだし。

「似合うけど、夏物を探したほうがいいんじゃない?」

「やーだー。大人っぽい服で明日皆と遊びたいんだから。まだ夏服は早いでしょ?」

 どうも高校に上がったのに中学の時の去年の服を着るのは子供っぽくて嫌だと言う。

 私にはそんな感覚は理解できないが、きっと一葉にも私の感じる多くの事を理解出来ないでいるだろう。

 思えば、互いが互いに相手の感覚を理解出来ずにいるというのに、それでもこれまで多くの時間を共有してこれたことが不思議だ。

 そして、その共有されてきた時間の大部分は、楽しいと思える時間であることもまた、解明出来ない不可思議な現象の一つのようにさえ思えてしまう。


 結局、一葉は二時間かけて春物のブラウスを購入した。

 私が急かさなければ、後一時間は悩んでいたのだろうな。

「よくお小遣い残ってたね」

「お爺ちゃんから入学祝いに五万も貰ったんだよ」

「相変わらず孫には甘いなぁ、あの爺さん」

 と、ここ数年会っていない一葉の祖父の顔を思い浮かべて笑う。

 一見気難しそうな印象を受ける相貌の一葉の祖父は、その見た目通りにキツイ口調と頑固な性格をしているのだが、一方で孫の一葉には徹底的に甘い。

 友人の私から見ても、それは微笑を浮かべてしまうような甘やかしぶりだ。

「この後どうする?」

 ショップ袋を嬉しそうに掲げながら、一葉は上目遣いで私に問い掛けた。

 私が男だったら、そんな彼女の上目遣いに目を奪われていたのだろう。

 そんな光景にすっかり見慣れている私でも、時々、そう思うのだから、やっぱり一葉は将来恋人とかには困らないのだろうな。

 それを羨ましく思うし、どこかで寂しさも感じる。


「……一葉の行きたいところでいいよ」


 私は恋人が欲しいと思ってしまう一方で、一葉に恋人が出来ないで欲しいと思ってしまうのは、それは単なる我儘なのだろうか。


 答えの分かりきっている問い掛けに、私は少し、自嘲にも似た笑みをそっと浮かべた。

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