米倉柚 第一話 いつかの妬み ②
美涼はコミュニケーション能力が突出している。私だって、別にコミュ障という訳じゃないけど、そんな私でも舌を巻く程に彼女の人当たりの良さというのは、ほかに類を見ないレベルだ。
というのも、入学式が終わった翌日、つまり授業開始日には、美涼は私と一葉以外にも何人かの女生徒と仲良くなっていた。
「おーい、柚」
と、昼休みになって彼女は弁当を持って私達の席の方へとやってきた。
「一緒に昼ご飯食べる?」
一葉は近くの机をくっつけながら声の方を振り向いた。美涼の横には、同じクラスの女子が一人立っていた。
「ええと……」
やばい、名前を思い出せない。と、一人焦っていると、美涼はそれを察してか分からないが、私にとっての助け舟を出した。
「蘭ちゃんも一緒にいい?
「もう……美涼さん、私はそんなに凄くないですよ」
と、微笑を浮かべる蘭さん。
何というか、笑顔一つとっても上品だ。本当に私や一葉と同い年なのだろうか。挙措というか所作というか、全てが優雅で、見た目というより精神的な部分で私たちより数段も大人に見える。
「どうぞどうぞ。蘭ちゃんって呼んでいい?うわー、こんな凄い人とご飯出来るなんて、後で自慢しよっと」
一葉は無邪気に言う。果たして誰に自慢するつもりなのか、と突っ込みたくなったが、心の中で留めておいた。
私も彼女の分の席を用意して、諾意を示した。
「ありがとうございます。蘭、でいいですよ。私もお二人のこと、お名前で呼びますね」
「あはは、そんなに畏まらなくても。同じ歳なんだからさ」
果たして美涼はどうやって彼女と親しくなったのか。そこは疑問だが、正直初対面で話題もなかなか見つからなかった私にとって、美涼はかなり頼りになる存在だった。
気が付けば、初対面だとかそういうことを意識せず、普通に談笑が出来ていた。
「そういや、蘭ちゃんってどこの中学だっけ?」
「白土です。だから、まぁここから少し遠いですね」
「あー白土かぁ。柚と一葉は?」
「私達は海門の方だから白土と比べると海側だね」
しかし、こうして考えると結構色んなところから阿津実に通ってるんだなぁ。
「んー。やっぱ県外からはなかなかいないねぇ。ってなると千葉県から来た……ええと」
「東堂さん?」
「そうそう、東堂さん。あの人って、何でわざわざこの高校に来たんだろうね」
横目で東堂さんの席を見るが、彼女は食堂派らしく既に姿は無い。その隣の席の鷺谷さんは、昼休み前の授業から変わらない体勢で寝息を立てていて、少し苦笑した。
「千葉かぁ……結構遠いよねぇ。行ったことないなぁ」
「何言ってんの柚。卒業旅行でテーマパーク行ったじゃん。しかも一ヶ月前にさ」
ああ、あれって東京じゃなくて千葉なんだ。
一葉は余程楽しんでいたみたいだが、私はあの長蛇の列には結構うんざりしていた。
「えー、中学の卒業旅行で東京の方行ったの?いいなー、私なんて大阪だよ。まぁ楽しかったけどさ。蘭ちゃんはどこか行った?」
「……ええと、家族と卒業祝いにオーストリア行ったくらいですかね」
「柚!セレブだよこの子!セレブだ!」
一葉は何がそんなに興奮させるのか、私の肩を揺さぶる。そんな反応に、蘭は少し恥ずかしそうに笑っていた。
なんという奥ゆかしさ。見た目だけなら令嬢感のある一葉にも見習って欲しい。
「一葉、オーストリアの場所も知らないでよくはしゃげるね」
「知ってるよ。ほら、グレートバリアリーフとかある、でっかい大陸の」
「それはオーストラリア」
昔から一葉は暗記系の勉強が苦手だ。数学とか理科ならかなり得意なのだけど、地名やら人物名を覚える教科はテストが終わるたびにすっかり忘れている。
今回も受験が終わって、一葉の頭の中から全部抜け落ちたんだろうなぁ……。
そんなことを思っていると、蘭は私達のやりとりを見て静かに笑い声を上げた。
「最初は一葉ちゃんと柚ちゃん見て、どえらい美男美女カップルがいると思ったけど、なんか漫才師みたいだね」
美涼まで笑っている。
「美男美女ねぇ……。私も髪伸ばしたりしようかな」
スノボーをする時に髪が長いと邪魔になるのでショートヘアにしていたのだが、そろそろ真面目に女らしさとやらを勉強する必要があるかもしれない。
「ダメ。柚は今の髪型が一番かっこいいんだから」
「私は可愛くなりたいの」
ブー垂れる一葉のオデコを人差し指で突きながら反論すると、またもや二人は私達の様子を見て哄笑した。
まぁ、そんな感じで、自然と私達四人は一つのグループになった。四という数字は、体育でも班分けでも便利な数だ。
五月の長期休みまで一週間という頃になると、クラス内には幾つかの仲良しグループみたいなのが形成されていた。
得てして女子というのは集団を作りたがる。それは、メリットデメリット抜きにしても、そうせざるを得ない性質を持つのだろう。
気付くと、そういうグループのような集団に属さないのは、東堂さんと鷺谷さんの二人のみだった。
とはいっても、東堂さんは話しかければ普通に会話をしてくれるし、鷺谷さんも別に何が悪いという訳ではない。
中学の頃と比較すると、集団から溢れたからといって、問答無用で非難の対象にならないのは、高校生というのが中学生よりも大人だということの証拠なのかもしれない。
美涼は、きっと『良い人』なんだろう。そんな二人を見かねてか、その日の昼休みに、半ば無理矢理二人を招いて一緒にご飯を食べることになった。
「……東堂さん、千葉から来たんだって?親の都合とか?」
美涼は席に着くなり、慇懃に訊ねる。東堂さんは少しパンを持つ手が止まったが、表情を変えることなく答えた。
「えーっと、昔から一人暮らししてみたくて。親に頼み込んだの。両親は千葉にいるわ」
「マジかぁ。凄いな東堂さん。この歳で一人暮らしって」
「大したことないわよ。それよりも、凪尾さんの方が余程凄いじゃない。国際コンクールで金賞……だっけ?」
「いえいえ、たまたまですよ。大人のコンクールと違って、私達のは評価が減点方式ですから。たまたまミスしなかったから、金賞を貰えた。それだけです」
ミスしなかったっていうのが凄いんじゃ……。と、謙遜なのか本気でそう思っているのか分からない蘭の言葉に私は苦笑する。
「あ、そういや」
と、美涼は何か思い出したように、言葉を紡いだ。
「……同じバスケ部に入部した立山って男子が隣のクラスにいるだけどさ。一葉ちゃんのこと気になってるみたいで、チャットID教えてあげてもいい?」
美涼の言葉は、毎年のように耳にした言葉だった。一葉は見た目もそうだが、中身もかなり男子好みのものだから、自ら迫る者、こうやって奥手に聞きやすそうな人間から訊く者——まぁ、やり方はさまざまなんだろうけど、それでもやっぱり聞き慣れていた。
そして、いつも一葉の返答は決まっている。
『今は、恋人とか興味ないから。ごめんね』
だから半ば反射的に、今回も一葉はそう言う返事をするのだろうと思っていた。
だが、私の予想と異なり、少し照れた様に一葉は微笑して、
「高校生になったんだし、そろそろ彼氏も欲しいなぁ。ね、美涼、その男子ってカッコいい?」
——その時私は、初めて一葉が未知の存在に見えた。一緒に育って来たと言っても過言では無い一葉の事ならなんでも知っていると思っていた。
だというのに、何故だろうか。
私の知らない一葉がそこにいて、言葉に出来ない感情が、海鳴りの様に不自然な程遠くから、何かを予感させた。
パン屑をボロボロ溢している鷺谷さんを注意する東堂さんだけが、何故か私の方を向いて訝しげな視線を向けている。
ああ、彼女だけは、私の汚い嫉妬を見抜いてしまったのかもしれない。
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