32. 12月15日「いちごの日」


 大掃除をやり終えると、佐々木さんが皆にと、ケーキを買ってきてくれた。

 立派なイチゴを載せたショートケーキや、おしゃれな形をしたモンブラン、クリーム多めのチョコレートケーキの三種がデスクの上に並ぶ。

 

 「社長から、好きなもの、どうぞ」

 佐々木さんの優しい言葉。

 私はにんまりしてしまった、ケーキに。

 いつもならモンブラン一択。

 しかし、クリーム多めのチョコも捨て難い。

 もうすぐクリスマスだからとショートケーキを敬遠しがちだが、私の今年のクリスマスはメロン。

 ならば年内最後のショートケーキかも知れない。

 迷った挙句、一番数の多いショートケーキを選んだ。

 

 「じゃ私モンブラン」

 「俺チョコもらお」

 

 皆とても嬉しそうにケーキを手に取った。

 佐々木さんは満足気。

 

 私はじっとイチゴを見つめていた。

 きちんと見納める為に。

 

 「社長ってなんだか変わってますよね」

 アルバイトの石鍋さんが私に奇異の目を向けてくる。

 

 「そうですか?」

 自覚はしている。

 

 「何か、細かい所に拘ったかと思えば、良い意味で大雑把だったり」

 笑顔で同意を他方に求める石鍋さん。

 皆、悪気は無いと分かっている。

 「確かに、私も社長の考えが上手く読めない時はあるけど、そこが面白くもある」

 佐々木さんが苦笑混じりにフォローする。

 佐々木さんはいつだって理路整然としている。

 だが私からすればそれはスタートラインに過ぎない。

 要は、生きが肝心なのだ。

 オリジナリティが全方位に必要な時代、それは従業員であっても。

 

 己を見出し続けるしかないのだ、現代人というものは。

 でないと、せっかくの人生も楽しめない。流れるものを見ているだけであっという間に終わる人生なんて、とっても退屈だ。

 少なくとも私はそう思っている。

 

 それに元より、人は互いに理解しづらい。だから面白いのだ。

 

 「そうですか?社長かなり分かりやすいと思いますよ」

 加藤さんがチョコケーキにかぶりつきながら言った。

 

 「へえ、どこらへんが?」

 佐々木さんがフォークを取り出してショートケーキの端を刺す。

 

 「ああやってイチゴを見つめてるけど、別にイチゴを分析したい訳じゃないと思うんです、社長は。そこには意味が無いというか、イチゴを見つめるという行為さえあれば良い、きっとそんな所なんだと思います。どの様にして生きるかを、その時々にいつも考えてる感じ、ていうんですかね」

 私を見ながらチョコケーキを大きく口で削り取ルー加藤さん。

 

 「なんか詩人みたいな事を言うなあ加藤くん」

 佐々木さんが笑う。

 

 「どうなんですか、社長」

 加藤さんが挑発的に笑う、私に向かって。

 

 「そんな事考えてないよ。ショートケーキ、何でイチゴなんだろう、と思って」

 私も笑顔で答えた。

 

 「ははっ、なるほど」

 佐々木さんが笑う。

 

 「なんか、子供なんですね」

 子供みたいに顔を緩めて笑う加藤さん。

 佐々木さんも頷く。

 

 「ほう、じゃあ君達は分かるのかね」

 私はフォークでイチゴをころっと、ケーキの上から退かした。

 

 「イチゴが一番合うからじゃないですか」

 佐々木さんがきょとん顔で言い、加藤さんが頷く。

 

 「合う?そんな変な理由なわけ」

 嘲笑う私の言葉を遮り、佐々木さんがスマホを差し出して言った。

 「そうみたいですよ、一番合うからって」

 佐々木さんは勝ち誇った笑みだった。

 

 私はスマホを受け取り、表示された検索結果を見た。

 

 そこにはきちんと、イチゴが一番合うから、と書かれていた。

 「うわ、ほんとだ。いや、絶対嘘だ!」

 私は焦って色々と検索し直す。けれども勝る情報は出てこない。

 

 「たしかに、白と赤って紅白だから合いますよね」

 佐々木さんがイチゴを頬張る。

 

 「それに、バナナとかより全然良いですよね、イチゴの方が」

 加藤さんが満足気に、手についたチョコクリームを舐める。

 

 「いや、チョコだろ」

 私は呟いた。

 

 「え?」

 二人がにやけてこちらを見る。

 

 「ミニストップのソフト!バニラとチョコと、それを追随するのはそのミックスだ!だから、白に合うのはチョコだよ」

 そう言って私はスマホを佐々木さんに返す。

 

 佐々木さんはミニストップ、ソフト、ランキングで検索した。

 

 「ああ、本当だ。そんな事、よく知ってましたね」

 佐々木さんが感心する。

 

 「知ってるわけないじゃん、でも多分そうかなって」

 私は勝ち誇って笑みを浮かべる。

 「確かに、チョコでも良いかも知れないですね」

 加藤さんがそう言って、私のフォークを取り、チョコクリームを私のショートケーキに載せる。

 「おお……」

 私達三人は、そのケーキを見て言葉を失った。

 

 「なんか……」

 佐々木さんが呟く。

 

 「ですね……」

 加藤さんも同意した。

 

 きっと同じ思いだと感じ、私が言う。

 「背徳感が、凄い」

 「ですね」

 二人が前のめりになってそう答えた。

 

 ケーキというだけで上等なのだ。

 その上でショートもチョコもと、強欲なのは良くない。

 上品なケーキに、下品な欲望。

 まるで、王国のお姫様を下品な下心で出迎えた様な、そんな罪深さがある。

 そして、もう一つ生まれ出た疑問。

 ソフトなら許せるのに、ケーキでは許せないという点。

 それは何か、とてつもなく深そうな、哲学の匂いがしたものだった。

 

 だから私は、急いでケーキを食べ尽くした。

 

 二人は黙って私を見つめる。

 

 「うん、イチゴが一番」

 私の言葉で、皆が笑った。

 

 私は、未だ私の知らない事だらけだと実感した。

 そして、同じ時を同じ様に共有した佐々木さんや加藤さんもそう感じたと思う。

 それは物事においても、人においても。

 

 そんな私は、ショートケーキを見る目が変わった。

 今まで好きではなかった、妥協の範疇に置いていたショートケーキ。

 これからの私は、洗練されたものとして、いや、お姫様として迎え入れるだろう、ショートケーキを。

 

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