第27話 11月括り「鏡の日」


 私はショッピングも程々にして、昼ごはん用の材料を買い揃える為に、地下の惣菜屋へと向かった。

 お昼前だからなのか、人は多い。狭い通路の中で惣菜屋ごとに並ぶ人々。その列と列の谷間にカートで侵入し、そうして入り押し退ける高齢者が、その表と裏一枚ずつ顔合わせ状態となってしまい、既に通路が封鎖されている。そしてその後ろからぐいぐいと突き進む者達が現れた事によって、通路がどんどんと鬱血していく。

 繁盛のざわめきとは程遠い、熾烈な横行に生まれる呻き。

 呻きの止まない壮絶な業の連なりを目の前にして、私はこの店で買う事を諦めた。

 美味しそうなチキンのトマト煮を横目に、時折遮る鏡で全てを諦めた様な己の面を目にしながら、店を後にした。

 私はチキンを買ってあげられなかった、そんな悪い行いをしてしまった様な心持ちとなり、罪滅ぼしの相手としてコンビニの質素なチキン味のカップラーメンを己に訴求した。

 

 それにしてもと、出口間際にあった姿見で己の姿をまじまじと見る。

 

 高齢の方々に囲まれているせいか、あどけない表情に落ち着いてしまっている気がした。

 もしくは、所々に思い返される祖母の匂いによって。

 

 鏡は稀に真実を写すという。

 会社の経営をして、休日を大人の女気取りで一人ショッピングに勤しみ消化する。

 だが鏡に写した実体は、背も低く幼稚な面の、至らない所だらけの女であった。

 こうなれば気が沈む時ではある。

 けれども私は、祖母の隣に居た頃と何ら変わらない、あどけない己の姿を目に焼き付けた。

 

 祖母を偲ぶ姿としてはうってつけであると捉え、そうして家でコーラによる献盃でもしようと思いながら、街の匂いを吸い込んだ。

 

 この街には祖母の匂いが充満している。

 

 


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る