第28 12月6日「音の日」
部屋の中がまだ暗い。ベッドもまだ暖かい。それだけならば、甘い眠りに落ちていける。暖かい毛布を口元まで引き上げて、ふさふさとする毛を口元で感じ取りながら、柔らかく撫でられる心地よさに自然なままの眠りを堪能出来たりする。
しかし、私はそう出来ない。
この瞬間程、仕事というものが憎くなる事は他に無い。
なとりのcult.が流れるスマホを、充電の線を引っ張り手繰り寄せた。煌々と光る画面に目をなるべく向けない様にして、指で撫でる。
音が止めば、今度は誘惑との闘いである。
まだ暗視のままの目が、痛むと知りながらも照明で痛めつけ、寒いと知りながらベッドを抜け出し、ブルブルと震える。そして、まだ眠いと分かっていながら、目を開いて無理矢理ピントを合わせていく。
冬の朝はいくつになろうとも慣れないもので、苦手なものの一つだった。冷えた床も、冷たいドアノブも、冷た過ぎる水道水も、着ている服がどんどんと冷えていく様も、一体どう捉えれば好きになれるのか。私の陳腐な触覚では不快以外の何ものも感じ取る事が出来ないでいた。
私は苦手なものと対峙する時は、必ず音楽の力を借りる。音楽は嫌な固まり方をした心をとりあえず解してくれるのだ。
嫌な思いを引きずったまま、私はyoutubeでミックスリストを適当に再生する。bluetoothで繋がれたスピーカー二体から音が流れ、そして音楽が時にセンチメンタルに、時に激しく解してくる。
そうする事で、私は苦手な朝に滅入る人間というものから、音楽を聴いて楽しむが少々の寒さを感じている人間に進化する事が出来るのだ。
人間は優秀で、例えば諸々において察知するその感度とやらの向きを変える事で、たちまち今というものを変えてしまう。
それは丁度、その者の心を中心にして立つ風見鶏みたいなもので、己も風見鶏と同じ方を向けば向かい風となり、風見鶏と反対を向けば追い風、横を向けば薙ぐ風に踊る髪を掻き分けたりする仕草が生まれる。
実際は、ただ向きを変えるなどと簡単なものではないが、しかしそうであると決めて捉えてしまった方が、事事の二次被害を受けずに終えられる事さえある。
私はそんな風に今を変える為に、音楽を多用している。
何か考え事に没頭する時も、会議の資料を作ったりする時も、である。
私は歯をそそくさと磨きながら、ポットでお湯を注いでコーヒーを作る。カフェイン中毒にはたまらないコーヒーの香りがすぐに鼻へ到達した。朝のコーヒーが一日のうちで一番美味しい。
先日作り終えた会議用の資料を手に取り目を走らせながら、思考のピントを合わせていく。
「ん、何だこれ」
私は昨夜作った資料を読み取ろうとしたのだが、その内容が大分難解で、というより支離滅裂で話の道が所々爆破されて綺麗に吹き飛んだ様なものとなっていた。
「おお……、凄まじい飛び具合」
私はよもや天才かと思えてきた。
adoの唱が部屋に心地良く響き渡っていた。
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