第16話 11月13日「いい焼き芋の日」


 パンケーキも好きな私は、これも何かの思し召しと受け止めて、パンケーキを食べることにした。というより、もう席に着いてしまっているのだから仕方無い。

 20席程の中位の大きさの店内を、客が半分程埋めている。女性二人組ばかりで、一人きりなのは私位だった。まだお昼前にこの盛況なのだからと、私は心の中でモンブランとおさらばしてパンケーキを迎え入れ、上機嫌でメニューを覗いた。

 窓辺に座った私の、手にするメニューも陽で輝く。全てが受け入れてくれている気がした。

 メニューの左上が定番または店推しの商品なのは定石だ。この店では、大きなシャンティを落ちない様に必死に支えているパンケーキ達に、果肉入りイチゴソースで陵辱するかの様に掛けられている、いじらしいパンケーキの姿がそこにあった。

 私はそのパンケーキを救い出す様な意気込みで、店員さんをすぐさま呼んで「イチゴパンケーキを!」と、堂々と言い放った。

 ただ注文するのが味気ない私は時に、そんな味変を楽しむのである。いついかなる時も、変化を起こす種を作り上げる力を養う為に。

 それが経営者として、価値を創造し続ける者としての嗜みだと、私は思っている。

 他の席ではどんなパンケーキなのかと市場調査の目を移す。

 すると、一様に同じパンケーキを食している事が伺えた。それは予想外の事だった。

 そしてそれは、イチゴパンケーキとしての赤を持たない、黄色いパンケーキだった。

 一気に不安が膨れ上がっていく。私はミスを犯したのではないか、という疑心が私に冷たい鎖を巻いていき、椅子に括り付けて拷問を始める準備をしている。

 

 「定番だ、私のは!だから問題無い!」

 躊躇いの無い眼だけを武器として、私は疑心に歯向かう。

 

 「じゃあ、何でイチゴパンケーキが一人も居ないんだ?」

 鬼の様に角を生やした男の子が、私に言い寄る。勿論、心の中で。

 

 「それは、皆が間違えているんだ!」

 嘘でも、通らば道となる。

 

 「嘘を言っちゃあいけない、皆が同じ黄色いものを頼んでいるのに、お前さんだけが正しいなんて、本当にそんな傲慢さで物事を見ているのか?」

 

 「ぐっ」

 今ならキャンセル間に合うかな、私もあの黄色いのが食べたい!

 

 「良いだろう、君は正しい、そう言うことにしておこう。せいぜい味わうがいい、正しさの味と言う奴を」

 

 「お、教えてくれ、あれは、あの黄色いのは何なんだ?!」

 鎖を鳴らし悶えながら、私は縋る様に言った。その答えを聞けば、まだ逆転のチャンスはある、そう信じて。

 

 「お前は電話をしながら入ってきたから気づかなかっただろうが、ちゃんと入り口にあったんだぜ、あの黄色い奴が期間限定だって事を知らせる看板がなぁ!」

 疑心の目はとても楽しそうに笑っている。

 

 「あ!」

 私は、今になってその看板の欠片を脳裏に見付けた。そして、敗北を確信した。

 

 「お待たせ致しました、さつま芋パンケーキです」

 コトッと皿が音を立てる。その拍子にパンケーキが豊満なそれを揺らし、可愛さをアピールしている。私では無い、誰かに向かって。


 ゴロっとしたさつま芋が、そのほろほろさを断面で示しながらパンケーキの上に君臨している。その横たわる様はまるで涅槃像の様だった。 とても綺麗で美しい黄金に輝くさつま芋は、甘くねっとりとした蜜をその色の濃さで表していた。

 

 くそ!と、額に手を当て、天を仰いだ。

 めちゃくちゃ美味しそうだ。絶対美味しい奴だ、と、さつま芋を賞賛した。

 陽は、やはりそんな私を眩しく照らす。

 陽を避ける私の目には、窓の外を無邪気に映し出した。

 そこには、まるで私の目を待ち伏せしていたかの様にベストポジションで陣をはる者がいた。

 

 石焼き芋屋さんだった。

 

 「お待たせ致しました、イチゴパンケーキです」

 

 イチゴは、いつもより酸っぱさを私に与えてくれた気がした。

 

 

 

 

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