第15話 11月10日「パンケーキの日」


 歩きスマホ禁止の表示が目立つ頃、私はスマホを手にどこへ行くかの算段をつける。

 全ての予定を覆して、私は向かわなければならない所があるのだ。空いた腹を鳴かせてばかりには出来ないのである。

 

 モンブランの絵をスマホで探し、歩いて5分の所に目星を付ける。

 スマホは本当に便利なもので、これの無い時代がどういったものなのかを想像するとしても、すぐにスマホの輪郭に触れてしまう程、私にはそれが難しい。

 それは助けられている事の多さの現れでもあり、その分得をしてきた証でもある。

 しかし同時に、その借りが手となって体のあちこちに触れてくるという事実でもある。手を取らせたり、足を重くさせたり、脳みそだって握られて思考がおぼつかなくなる。

 

 目の前から来る母子がそれを表現していた。

 「誕生日、スマホが欲しい」と、かわいいツインテールをぴょんぴょんと跳ねさせながら、5歳位の女の子がお母さんの方を見上げる。

 「ダーメーよ!スマホなんて。メルちゃんの洋服が良いってこの前言ってたじゃない」

 スマホを片手に預けて、お母さんが下の子供へ言葉を振りかける。

 私にはそう言った具合に見えてしまう。隣にいる筈で、手を繋いでいる筈の親子が、二階建てベッドの上下でそれぞれの時間を過ごしてしまう様な、そんな嘆きの強いメッセージとして分析してしまう。

 

 「やだー、スマホ!youtubeでやってたのやりたいの!」

 体をぴょんぴょんと弾ませて、手にせがみながらお母さんのスマホを見つめる女の子。

 

 「だーめーでーすー!」

 スマホを見ながら、そのスマホに向かって返答するお母さん。

 

 こう言った具合に、スマホは人々の色々な隙間を埋める達人でもあるのだ。

 私はその隙間を、まずまず好きであったりはするものの、スマホを手放す事は出来ない。完全な二律としてバランスを保つしか無いのである。

 

 私のスマホが鳴る。

 「もしもし、お疲れ様です」

 会社からの電話だった。

 

 私はイヤホンを使わずにスマホを耳に当てた。

 

 「はい、あ、その件ですね」

 道の看板と人を避けながら進んだ時、パンケーキの美味しそうな看板に目が止まってしまった。

 「いえ、それはそのフォルダーじゃ無くてですね──」

 私は、パソコンのディスプレイ上を思い出しながら、従業員の方にフォルダーの場所を説明する。

 「いや、その上のフォルダーに入ってる──」

 そう言って私は階段を登っていく。

 「そしたら、中開いてもらって──」

 私は扉を押して開けた。

 「それを左クリックで持ちながら──」

 近づいてくる店員に人差し指を立てる。

 

 「そこにドロップして完成です」

 私は店員に通された席に尻をドロップした。

 

 「じゃあお願いします」

 そう言って電話を切った。

 説明する為の思考を閉じて、辺りの景観を見渡し、手前のメニューを見る事で発覚する事もある。

 綺麗な三段タワーのパンケーキが、白い素敵なシャンティを乗せて今にもその香りを発しそうな色合いで、メニューとして私を見つめている。

 

 モンブランに会いに行く筈の私が、どうしてパンケーキ屋にいるのか、まるっと不思議でならなかった。

 

 

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