第9話 11月1日「本の日」


 

 肌触りが気持ちの良い朝だった。陽の光がシーツに染みて、音の無い風が窓から覗いては消える。

 

 目はもう開いていた、ベッドの縁を爪でつついて、のんびりな音に全てを浸していく。

 

 ふっと勢いをつけて体を起こすと、鏡が白けた顔を見せつけてくる。足元に転がったコーラのボトルが鏡越しに向いて挨拶をしてきた。「やあ」と。

 

 髪をけだるくわしゃわしゃとさせて手櫛で軽く梳かしながら、鏡に近づいて、現実だらけの運動会を始める。

 洗面台から歯を磨きながらぶらぶらと歩いていたら、暫くそのままにしていた本棚に到着した。

 本棚に仕舞われない本達は山となり、支えを失った本達が互いに凭れ掛かり支え合っている。微笑ましい光景にした私は、やんわりくの字に曲がる本に申し訳無くなり、手を伸ばした。

 

 しかし、こう見ていると、本はここが良いのよねと妙に気に入ってしまう。

 

 私は本の姿勢そのものが好きだ。立って良し、もたれて良し、寝ても良しのぱきっとした姿勢は無論として、バッグに折り目のワンセットや、机に開きっぱなしで寝かされた、くたびれコンビの姿も素敵である。

 

 そして音も好きである。隙間に収まりコトッとしたり、パタっと無防備に倒れたり、聞くだけで頭が良くなる様なシリシリと紙の捲りに鳴いたりといった具合である。気に入ればその音を何度も立ててくれさえする。

 一には言わんとする事を、二には色合いや言葉の音を口走りがちだが、本自身には実のところ、そこは関係の無い事だ。ただその様にインクが走っただけである。他者に能力の幅を語らば己から、といった声は聞こえやしないが、ごもっともではある。

 

 本は話さない、語らない、そのくせ先の趣がある。心の友に至れば、己が無くさない限りいつでも居るのだから、なんとも手軽なものだ。

 

 そして、本はどんな有り様でもそれを持ち味にしてしまう、最高の表現者なのかもしれない。

 だらしない持ち主を表現する本達を前に、私はそう思った。しかし、重い腰はやはり上がらないで、歯ブラシを急かした。

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