第2話 10月23日「家族写真の日」


 カフェはいい塩梅に空いている。

 ボサノバを栞にして思考を閉じた。

 二人きりの時間。彼も喜んでる。彼の甘い吐息が私は大好きで、今もこうして嗅いでいる。彼も、もとい、モンブラン君もそわそわして、私に中身を想像させてくる。

 濃厚なマロンクリームがフォークに僅かな抵抗をして、その後はふふっという具合に。最早口の中な訳だが、綺麗な純白のクリームで舌を喜ばせて、マロンが濃厚な結論を舌に思い知らせてくれる。

 これほど強く、そして上品に甘さを教えてくれる食べ物は他に無いと、私は思っている。

 

 「ねえ、見て見て」

 近くで聞こえたそれが、私を示しているのかと思い、口に何か付いてないかを咄嗟に手で確認した。食べ物に集中してしまう私は、この前鼻に生クリームをつけていた程だ。しかし、あれはあれで中々気づかないものだと感心した。

 

 「この前の七五三」

 40代の女性二人が写真を手に微笑んでいた。

 「すごーい、綺麗に取れてるね!いやんかわいい!」

 少し大きめの黄色い声が良く響いた。

 私は気にならなかったが、他の席の女性がちらほらと反応している。少々キツめの目線で。

 

 「もうこんなに大きくなったんだねぇ、いやんかわいい」

 先程の人。口癖なのかな。

 

 「え、この写真凄いニコニコ〜!いやんかわいい」

 変な口癖。恐らくここにいる皆が思っているだろう、なんて見てみるとやはりまた周囲から目線を集めていた。

 

 「家族写真て良いよね〜」

 口癖の人はそう言って、話は途切れていた。彼女の右手に煌めく指輪は、証として役立っている。

 私はコツンとフォークで皿を突きながら思った。

 独身という言葉に罪は無い。ただ、女は特にその「独身」という言葉に切り付けられる事が多い。

 華やかなケーキが並ぶショーケースは在る、或いは陳列された花々が魅せる好色も在る。けれども、何かそれと似た物を想起して売れたの何だのとする世の目があり、だが決して女はそういった類の物として扱われる存在では無い。そんな目は男女問わず、今すぐ洗い流して綺麗にした方が良い、そのまま放っておけば、やがて心も翳んでしまうから。

 指輪の煌めきに負けない程、彼女は笑みを照らし、熱心に耳と心を相手に傾けている。


 

 私はその姿勢を見て、嗜み立派で素敵な人だな、と思えて少し見つめていた。

 

 すると、口癖の人が私に気づいて言った。

 「やだ何あの子、鼻に茶色いクリームつけてる、いやん」

 

 

 今度は私が目線の的に成っていた。

 

 ナプキンでクリームを拭き取りながら、私は一つの結論を打ち出す。

 

 鼻にクリームを付けた女は、可愛くない。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る