二人きりの世界


 私はまとまらない思考のまま、口を動かしていました。

 どうせ声は出ないのだからと、もしかすると油断していたのかもしれません。


 先ほど少し声が出たことも、自身の至らなさに振り回されて忘れていたのでしょう。


「ロー……レンス王子殿下」


 私はまた失礼をするところでした。

 いえ、もう失礼をしてしまったところです。


 お立場が変わられてから、私はお名前を呼ぶ許可を頂いてはおりません。

 ですから私が今も変わらずスペアであるとしても、立場を弁えてお名前をお呼びすることは避けなければならなかったのです。


 しかもあろうことか私は、今までと同じように殿下をお呼びするところでした。

 そのようにお呼び掛けをしてしまったら、目も当てられないほどの大失態です。


 そういえば最初に目覚めたときに……すでにお呼びしてしまったような気がします。

 これはきつく咎められるかもしれませんね。



 けれどもお優しい殿下は「いいんだ」と言って、微笑まれました。


「マリーもただ一人の人間として答えて欲しいんだよ。だからいつものように呼んで」


 いいのでしょうか?

 私は助けを求めるように思わずさっと部屋を見渡してしまいました。


 けれどもやはり部屋には誰も居ません。


 ベッドのある寝室に殿下と二人きりというのは大変よろしくない事態ですのに。

 どうしてお城の誰も気に掛けてくださらないのでしょう?


 いつもなら殿下が私をどこへ連れて行こうとも、さっと現れた侍従や侍女が必ずその場に控えておりました。

 そして殿下はいつも「君たちは本当に優秀だな」と感心してもおられましたから、分からないはずはないのです。


 私が知らないだけで、王太子となられる身の上になると、彼らの動きも変わってしまうのでしょうか。





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