第10話 花宮こなつ4

 藍染あいぞめ いと黎明れいめい高校に所属していた。遊雲ゆううん高校ではなく、黎明に。

 インタビューを受けている藍染は笑顔で、インタビュアーの質問にも朗らかに答えていた。人当たりのいい笑顔、ハキハキと話す姿が、花宮はなみやの知っている藍染と全く異なっている。

 プレースタイルも変わっていた。何があっても表情を変えず精密にコースを突くプレーをしていたのに、今は笑みを浮かべて、粗削りでミスもあるプレーをしている。

 そして、何より。

 「たつきィ〜〜!!ダブルスするって!」

 「分かった〜!対戦相手誰〜?」

 「勇気ゆうきセンパイとあきらセンパイ〜」

 あの藍染が、男子とダブルスを組んでいた。心底楽しそうに笑って、心底嬉しそうにラケットを握っていて。

 花宮は耐えきれなくなって、すぐにテレビを消した。そのままソファーに倒れ込んで、心の内から浮かび上がってくる言い知れない感情に気付かないふりをして目を閉じる。

 外では蝉が鳴いていて、ひどくうるさかった。


◯◯◯


 「こなつ、最近元気ないけどどうしたの?」

 「……何でもないよ」

 中村なかむら はるか。小学生からの、花宮のペア相手。クラブチームに入りたての頃、同じく入りたての中村が花宮に声をかけたのが始まり。それからずっとペアを組んで、いつも一緒にいる。

 花宮の返答に、中村は訝しんだ表情をする。そして手を引っ張って、無理やり向き合わせた。

 「本当に?春からずっと元気ないよ。何があったか、あたしにも教えてよ」

 「…………」

 まっすぐ、目を見て。中村は花宮を見続ける。真剣そのもの、といった表情で、手も離す気はないようだ。

 「……分かった、話すよ。だから遥、手離して」

 とうとう花宮は諦めて、中村に話し始める。

 藍染糸のこと、彼女が遊雲にいないこと。彼女が黎明にいること。

 最初から最後まで全部話して、最後に、息を吐いて。

 「これだけ。もう大丈夫だから、練習始めよう」

 ラケットを握り、花宮はコートへと向かう。その後ろ姿はやはり元気がないように見えて、中村はぎゅっ、と眉を寄せた。

 「ねえ、こなつ!」

 自分の一番である花宮が元気でないのは、あまり気分が良いものではない。しかも、その原因が自分以外の人によるものであるならば更に。花宮が家族と、自分以外のことで感情を動かされるのは気に食わない。

 だって中村は、花宮のペアなのだから。

 「それならさ、高校は黎明に行こうよ!あたしと一緒に!」

 中村の言葉に、花宮は振り返る。

 「こなつはその人に会いたいんじゃないの?だったら会いに行こうよ。それで確かめればいいじゃん」

 次々と告げられる言葉。花宮は目を丸くして、中村の言葉を聞き続ける。

 「黎明高校に行こう?ね、そしたら会えるよ」

 中村の言葉は、花宮の心に深く突き刺さる。ぐさぐさと容赦なく刺さって、そうしてやっと理解した。


 そうか。分からないなら、会いに行けば良いんだ。


 これが、花宮の進路が決まった瞬間である。



◯◯◯



 ――――そして、現在。

 「ハァッ、ハァッ」

 「ふっ!」

 花宮の誘いから始まったシングルス勝負は、藍染の一方的な蹂躙で終わりかけていた。

 始めは花宮も良いプレーをしていたが、次第に藍染の戦い方に巻き込まれ、調子を上げることが出来ていない。

 今も、ほら。

 「っ!」

 「スゥ、」

 花宮が打ち上げたクロスの深いロブを、藍染は高い打点で叩き込む。なんとか打ち返そうとラケットに当てたが、打ち負けてネットに引っかかってしまった。

 現在のスコアは5−1、40−0で、ワンタイブレークセット。そして先程、花宮はネットにボールを引っ掛けたので藍染にポイントが入る。

 つまり、花宮の負けが確定した、ということだ。

 「…………ああ」

 ため息とも、絶望ともつかない声が、思わず漏れた。

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知ーらねっ。 あしゃる @ashal6

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