第7話 花宮こなつ1

 花宮はなみや こなつは「天才」と言われてきた。

 花宮こなつはテニスの才能があった。同じ地区の中では敵なし、と言われてきた。

 花宮こなつは容姿に優れていた。小さな頃から、色んな男の子に告白されてきた。

 花宮こなつは賢かった。特に勉強しなくても、授業を受ければ内容が理解できた。

 「完璧人間」

 「機械人間サイボーグ

 花宮こなつを知る人は、彼女のことをそう言った。

 花宮こなつはテニスが好き、というわけではなかった。彼女が戦うと周りが嬉しそうだから、テニスを続けていただけだった。だから勝っても負けても特に何も思うことはなく、ただ淡々と過ごしていた。


 藍染あいぞめ いとに出会うまでは。


 花宮が藍染に出会ったのは、彼女が中学1年生、藍染が中学3年生の時だった。花宮にとって中学最初の全国大会、藍染にとって中学最後の全国大会で、2人は出会った。もっとも、花宮が一方的に藍染を見ていただけだが。

 藍染が所属していた私立遊雲ゆううん中学校が、その年初の全国出場を果たし、「新星」と注目を浴びていた。それは花宮の耳にも入っていて、偵察がてら遊雲中学の試合を見に行ったのだ。


 そして、魅入られた。


 藍染は遊雲中学のダブルス1として出場していた。ボレーもストロークもサーブもリターンも何もかも精密に打っていて、しかも表情一つ変えずに、何でもないことのように行っていて、それが最高に格好良かった。花宮が憧れる、男子プロテニスプレイヤーの山吹やまぶき つむぎ選手のような戦い方をしていたのもあった。

 正確無比、精巧緻密。

 何が起きようが、どんなボールが打たれようが、表情は変わらず、打つボールも安定していて。そんなプレーで、当時の藍染は戦っていた。

 花宮の理想のプレーだった。

 花宮が食い入るように藍染を見つめる中、試合展開がどんどん進む。藍染に何を打っても返される、むしろ点を決められると気付いた対戦相手のコーチが、コートチェンジのときに選手に何かを伝えた。対戦相手の選手は頷き、コートへと入っていった。

 藍染は相手のコーチが何か言った事に気づいて、自分のペアに声をかけた。しかし、藍染のペアは眉をぐっと寄せて不快そうな顔をしたあと、何も言わずに自分のサイドに行ってしまった。藍染はそれを無表情で見つめたあと、小さく何かを呟いて、己のサイドについたのだ。

 「ーーが」

 なんと言ったのか、花宮が居る位置からは精々語尾が聞こえるぐらいだった。そうして、試合が再開される。

 現在の試合のスコアは4−2。藍染ら遊雲中学がリードしている。この前にあった試合では、遊雲は負けてしまっているので、なんとかしてこのゲームを勝ち取り、イーブンにしたい場面。

 このまま行けば、遊雲が勝つだろうな、と花宮は思った。それだけ、藍染は強かったから。藍染さえいれば、あのダブルスのペアでも勝てるだろうと思ったから。

 藍染のペアは強かったが、それでも藍染と比べるとだいぶ見劣りする強さだった。県大会でベスト4ぐらいには入るが、次の大会で落ちてしまうぐらいの強さ。それでも、藍染がサポートとフォローをこなすことでなんとか全国で戦えている、というぐらいの強さになっていた。

 正直に言って、花宮はそれが不快だった。何で不快と思ったのかは分からない。ただ、不快だった。

 おそらく、ここが始まりだったのだろう。

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