第6話 どろどろ

 インターハイ予選、福岡地区予選まであと7日。

 「こなつちゃん、ちょっとおいで」

 体験入部のあと、花宮はなみや こなつと中村なかむら はるかは正式に黎明れいめい高校硬式テニス部に入部した。体験入部の際に行ったダブルス対決を加味して、花宮は藍染あいぞめ いと率いるレギュラーチームへ、中村は準レギュラーチームへと振り分けられている。

 基礎練習が終わり、サーブリターンの練習へ。散らばったボールを拾おうと動き始めた花宮に、藍染は声をかけた。

 「どうしましたか」

 「来週大会あって、こなつちゃんそれに出ることになってるんだけど……。知って、る?」

 「知ってませんね」

 「そっか………」

 沈黙。花宮はじっ、と藍染を見つめ続けているので、藍染は気まずくなる。基本的に、藍染はあまり仲が深まっていない人間と沈黙でいるのが苦手なので、何を話そう、と内心そわそわしていた。

 「藍染さん。その大会ってシングルスだけですか」

 「うん。ダブルスは試せてなかったから、登録するの諦めた」

 だから、私の最後の大会はシングルス一本勝負だね。藍染は笑って、話を続ける。

 「本当はこなつちゃんと遥ちゃんで出しても良かったんだけどね〜。手続きとか色々あって、出さないことにしたんだ。ごめんね」

 「いえ、大丈夫です」

 話している間も、花宮の表情は一切変わらない。まるで機械人間サイボーグみたいだ。

 「あの、…………。これで、終わり。ボール拾い行っていいよ」

 「分かりました」

 そして、花宮は小さく礼をして、ボール拾いに向かった。


 「今日の部活終わります!気をつけー礼ッ!」

 ”ありがとうございました!!!!”


 インターハイ予選、福岡地区予選まであと6日。

 「今日は予選から出る子メインに練習しまーす。本選出場者はこっちのコートで調整ね」

 ”はーい”

 良い返事をして、動き始めた部員の中、困ったように視線を動かしているものが一人。中村だ。藍染は彼女の姿を見留めて、声をかけに行く。

 「遥ちゃんもシングルス出るから、みんなの居る方だよ。自由にやっていいから」

 そうやってにこやかに話しかけたはずなのに、何故か中村は藍染をにらみつける。予想外の態度に、藍染は困惑してしまった。

 「えっとー……、遥、ちゃん?」

 「………あたしとこなつはダブルス、出ないんですか」

 そのことか。藍染はすぐに謝り、説明する。

 「ごめんね、色々あって出さないことになったんだ。こなつちゃんと遥ちゃんは、シングルスだけに出るよ」

 「……分かりました!!」

 中村は強い口調でそう言って、練習に行ってしまった。場に残っているのは、困惑しっぱなしの藍染だけだった。


 「今日の部活終わります!気をつけー礼ッ!」

 ”ありがとうございました!!!!”


 インターハイ予選、福岡地区予選まであと5日。

 「たつきぃ、私に合わせてダブルス出ないにせんでも良かったのに〜」

 「だっていとちゃんの相棒はオレだしー」

 練習の合間、水分補給をしに花宮がベンチに行くと、藍染と若宮わかみや たつきがそんな会話をしていた。

 「でも、せっかく高校最後の大会……」

 「それに相棒と出られないんなら出たくねえの。オレのわがままだから、糸ちゃんは気にせんで良し」

 「でもさー……」

 口をとがらせて言う藍染の姿を見た瞬間、花宮は耐えられなくなった。


 若宮は藍染のことを「相棒」、と言う。藍染も若宮のことを「相棒」、としている。

 ぐるぐる、また花宮の心の中は廻り始める。迷い始める。

 自分が”前”見たときは、そんな顔をしていなかった。

 自分が”前”見たときは、そんな風に笑っていなかった。

 自分が”前”見たときは、――――――――――――。


 ぐるぐる、どろどろ。


 「藍染あいぞめさん」


 どろどろ、ちかちか。


 「わたしと、戦って下さい」


 この気持ちが何なのか、花宮こなつには分からない。

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