第5話 体験入部3

 「じゃあ私とたつきで組んで、他もいつもと同じ相手にしよう。それと、はるかちゃんはこなつちゃんと組むんだよね?」

 「はい」

 「分かった。対戦相手はどうしよっか」

 「じゃあオレといとちゃんでやろうよ。気になるんでしょ」

 「へへ、バレてたか。……つーことで、遥ちゃん、こなつちゃん。対戦、よろしくね」

 「はい」

 「お願いします!」

 藍染あいぞめ いと若宮わかみや たつきペア対、花宮はなみや こなつ・中村なかむら はるかペアのダブルス対決。4ゲーム先取のノーアドバンテージで、サーブトスの結果、花宮たちがサーブ、藍染たちがサイドを取ることになった。

 ゲーム前のサーブ練習も終わり、各々立ち位置につく。

 「こなつー、ないっさ〜」

 「うん」

 中村の声かけに頷き、花宮はボールをつく。とん、とん、と2回ついて、そしてトスを上げた。

 試合開始。


 幕間。

 「樹ィッ!右行け!」

 「りょーかい糸ちゃんっ」

 「こなつ、前」

 「わかった」


 試合結果。

 中村の足が攣ったことにより、試合中断。最終スコアは3−2、40−0。藍染・若宮ペアのリードだった。


◯◯◯


 夕方。空の青色と夕日の赤色が溶け出して、美しい薄暮はくぼ色になる。4月といえど、日が落ちるとまだ肌寒い季節。

 「ボール拾いとコート整備ー!太陽落ちてきたから急いでー!」

 ”はーい!!!!!!”

 不意に吹いた風にぶるり、と身を震わせて、藍染は指示を飛ばした。コート中に転がるボールをラケットに乗せたり、腕いっぱいに抱えたり、そんな彼らを救おうとかごを持って走る部員や、ブラシを奪い合う部員などが返事をする。その返事を嬉しそうに受け取って、藍染はベンチに向かった。

 「じゅんくん、遥ちゃんの足はどんな感じ〜?」

 「攣っただけで、あとはどこも怪我してなかったよー。水分取るようにって言って帰したけど大丈夫だった?」

 「ううん、ありがとー」

 ベンチではマネージャーの3年、神尾かみお 純一じゅんいちが片付けをしていて、藍染は手伝いながら尋ねる。実は藍染、元々はマネージャー兼プレイヤーとして硬式テニス部に入部していたので、神尾とは仲が良かった。

 「糸さん、中村さんたちどうだった?強かった?」

 「強かった。強かったんだけど、……遥ちゃんの方、まだ穴があったから勝てると思う。こなつちゃんは穴が全くない。多分、狙うとしたら遥ちゃんの方かな」

 「そっか……」

 神尾は、先程までベンチで休んでいた中村の様子を思い出していた。切羽詰まったような顔をして、冷や汗をダラダラと流していて。神尾が話しかけるまで周囲の様子に一切気づかなかった。

 追い詰められている。なぜかはわからないが、直感で神尾はそう思った。


 「糸さん」

 「なあに」

 「中村さんのこと、よく見といてね」

 「ふふ、わかった」


 一方、黎明れいめい高校の寮、ある一室にて。

 「狙われた……」

 中村はブツブツと呟きながら、ベッドに転がっていた。

 「狙われた。狙われた。あたしだけ狙われた」

 思い出すのは、先程の試合の内容。アイゾメさんは思っていたよりも強くて、アイゾメさんと一緒に組んでるワカミヤさんも強くて。でも、あの二人のペアは、アイゾメさんメインで戦っていて。こなつが楽しそうに戦っているから、あたしもそれに応えようとした。そんなことをぐるぐると中村は考える。

 「なんで、なんで。あたしはこなつの最高なの。こなつのペアはあたしなのに」

 気付いたときには、中村は狙われていた。ストレートアタックだったり、ギリギリ届かない高さを突かれたり。全部、中村が取るべき範囲の、最も取りづらいところにボールを打ち込まれていた。

 最初はなんとか追いつけていたが、徐々にきつくなっていって。こなつは何もできずにつまらなさそうで、徹底的にあたしだけ狙われた。あたしが一番、足手まといだった。その事に気づいた瞬間、中村は一気に青ざめる。

 「ちがう、あたしは……!あたしは、こなつと」

 誰に何も言われていないのに、中村は否定し出す。言い訳を振りかざして、自分を正当化しようとした。それをやっても、結果は変えられないのに。

 「ちがう、違う!あたしじゃない。あたしじゃないの!」

 わかっている。最後、中村たちのペアが負けそうだったのは、中村が足を引っ張っていたことぐらい。

 わかっている。中村の足が攣ったとき、花宮は残念そうに藍染たちを見ていたことぐらい。

 わかっている。花宮は中村の心配よりも先に、藍染たちとの戦いが続けられるか気にしていたことぐらい。

 中村は、全部わかっているのだ。

 でも、受け入れるには、中村の精神は幼かった。

 「ちがうの、あたしは」

 ベッドにうずくまって、ポロポロ言葉をこぼす。

 「こなつ、あたしは」

 中村の言葉は、誰にも届かない。

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