第2話 魔王リリス、初配信は失敗する。

 ネットでドローンとマイクを購入し、さっそく自宅近くのダンジョン入り口に向かってみる。


「ここか……」


 大きな公園の中にある小さな丘に穴が開いている。

 小さな洞穴のような場所だが、ここがファンタジー世界に続いているダンジョンの入り口であり、私の自宅への道でもある。

 ダンジョン入り口は日本各地にある。

 異世界プレーンの暗黒大陸という場所に元々あったものがいきなりこの世界に転移されたので、ダンジョンの入り口は塞がれた状態でこの日本の地下に出現した。混乱した私たちは掘削蟲ドリルワームに手当たり次第に地上へつながる道を掘らせて、結果日本各地に穴を作ることになってしまった。

 大変迷惑だったと思う。

 今更謝っても仕方がないけど。

 だけど、そのおかげで日本人の一部が突然変異で魔法が使えるようになったし、魔素の結晶体——マテリアルのおかげで新しく魔導エネルギーというものを使うことができて日本のエネルギー問題を解消できたのだから結果オーライと思ってほしい。


「さて……いきますか……初配信……」


 着脱可能の角を取り付け、漆黒のローブを纏う。

 魔王らしい格好だ……ローブの丈が長くてマントっぽくなっているがそれもまた威厳があっていい。

 こう見えても千歳超えているので、それ相応の風格がある素晴らしい衣装だろう。

 スマホの配信ボタンを押し、全世界に配信可能なオンラインプラットフォームに映像を流す。


『こんりり~☆ 始まりました、魔王チャンネル! 渇いた世界に闇の彩をって意味わかんないです~……初めましてわたくし、魔王・リリス・メフィストって言います! つい先日まで日本企業でOLやってたんですけど、超絶ブラック企業でやめてダンジョン配信やることにしました! よろしくお願いしまぁ~ス!』


 他のダンジョン配信者の初配信を見て決めた、何度も練習した挨拶台詞を言う。


 ———魔族が配信⁉

 ———え⁉ 斬新⁉

 ———地上に魔族が⁉


 そんなコメントが展開されているだろうと少しワクワクしてコメント欄を見る。


【             】


 あ……。

 コメント:0。

 それどころか———、

 視聴者数:0。

 誰も、見てくれていない。

 …………………。

 ……………。

 ………


『———それじゃ! 早速ダンジョンに入っていきますねぇ~……! って言ってもリリス魔王だから実家なんですけど~!』


 危ない。

 折れそうになる心を奮い立たせて、笑顔を張り付けてダンジョンへと向かう。

 こんなもの———当たり前だ!

 個人で何の影響力もないのに、この地上では誰も魔王がいるなんて———ダンジョンの最深部のラスボスが私なんて知らないのだ!

 あ、それをまずアピールしなきゃ……。

 一応、魔王チャンネルと銘打ってプロフィール欄には元OLの魔王でダンジョンのラスボスと書いてはいるが、所詮は私は日本ではただの個人で、企業のバックアップがある箱に所属している配信者ではない。企業の力があれば大々的に広告を売って、私が元魔王だと広めてもらえるんだろうが、お金もなく、知識もない私はただプロフィール欄に書いているだけ。

 それしかできなかった。

 だけど、もっとやれることはある……!


『あ、実はこのダンジョンの最深部に私去年まではずっといて~……! ってことはラスボスですよね。このダンジョンのラスボス、実は私なんですよ~……! だから実家ってさっき言ったんですけど……』


 暗い岩盤をくりぬいた洞窟の中をドローンと共に歩く。

 ダンジョンの中は魔素が溢れており、小さな魔結晶マテリアルが至るところで発行しているため人間世界に元々存在する洞窟とは比べ物にならないほど明るい。

 だから、ドローンに付属しているライトの明かりがなくとも前に進むことができるが、決して安全というわけではない。


 ピョコン。


 グリーンスライムが現れた!


『あ、さっそく魔物モンスターが現れましたねぇ~!』


 台形状のウニョウニョとうごめ魔物モンスターで触手を伸ばして攻撃してくる。

 決して強い魔物ではなく、初めての配信者でも難なく倒せる。魔法を使わなくても倒せる魔物モンスター

 だが———配信者としての方向性が決まる魔物モンスターだ。

 コイツに苦戦すれば、これから成長していく今は弱いがいずれ最強……といった成長ものになるし、速攻で倒すことができれば他のプロのダンジョン探索者という方向性で、他の探索者の参考になる。配信者が女性であればわざとエロティックにやられてそういう需要に応えるという配信もできる。


『じゃあ、魔王の初戦闘といきますか! 皆さま見ててくださいネ!』


 そんな道があるなかで私が視聴者に見せつけるべき方向性は———、


 ————ピンッ!


 指先を———弾く。

 デコピンだ。

 対象者が五メートル以上離れた場所でしたデコピンだから、エアデコピンとでもいうべき動作。

 だが———、


 ブワッッッ‼


 猛烈な風がダンジョン内で吹き荒れる。

 そして———グリーンスライムが爆発した。

 私の指先から放った空気の弾丸が、一瞬であの液体魔物を粉砕したのだ。


『当然、一瞬で葬りまぁ~す! 私、魔王なので!』


 私はチート配信者としてやっていく。

 最初からレベル100の無敵のチート配信者として、他の配信者が詰まるような場所でも魔王としての強大な魔力でゴリ押していく。

 そういう方向性で———今までにない配信者として人気になろうと思った。


『あ……!』


 思わず声が出た。

 コメントが書き込まれたのだ。

 ポッと今まで何もなかったコメント欄に、文字が表示されている。今、この配信を生で見てくれているどこかの誰かのコメントだ。

 嬉しい……初コメだ!


『わぁ~! コメントありがとうございます!』


 お礼は忘れず、声に出して読み上げようと目を走らせる。


【つまんな】


 ———心が凍りそうになった。

 それから、ポンポンとコメント欄に次々と文字が刻まれていく。

 視聴者数も気が付いたら9人もいた。

 嬉しいはず……だ。

 なのに———私の心は冷え続けていった。


【魔王って何? 絶対嘘じゃん。】

【どうせ今までパッとしなかったダンジョン配信者がコスプレしてビジュアル変えてやってるだけでしょ?】

【転生配信ってやつ?】

【本当に魔王なら、魔物殺っちゃダメじゃん。味方殺しじゃん】

【うそつきうそつきうそつき‼】


 ……………。

 …………。

 ……。

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